集大成の解読の結果、なんか起きてしまった
地下鉄とバスを乗り継いで1時間半、私はダイバ市郊外にある先住民族歴史文化博物館にやってきた。
ここはこの国で先住民族に関して一番詳しい博物館だ。
すぐ横には数十倍大きい敷地と建物を有するハン族王朝歴史博物館があり、海外からの観光客は皆そちらに流れていくので、先住民族の博物館はいつも通り閑散だ。
このハン族王朝歴史博物館というのは、隣の大陸で民族同士の内戦に敗れて逃げてきたハン族が、大陸から持ち込んできた文物を展示する場所なので、建物はそれなりに豪華に作られている。
当時逃げてきたハン族のトップは、自分たちこそハン族の正統王朝だと主張するために、わざわざ博物館を王朝式宮殿建築に仕上げたのだ。
でも先住民族の視点でみれば、その正統性の主張をするなら隣の大陸に戻ってからやれよって思うけど、私だけかな。
おっと、先住民の視点で批判し始めそうなのでとりあえずあの宮殿はさておこう。しかし相変わらず閑散な先住民族博物館だけど、私にとってはゆっくり見学できるのでとてもとてもありがたいことだ。
入場して、早速最新発掘品の展示エリアまで移動する。
バブサ族の歴史文化の紹介など、すでに研究し尽くした私にとっては入門教材程度なので、発掘品こそが今回の本命だ。
最新発掘品の展示エリアに足を入れると、目の前には、陶器や鉄器などが並べられており、その横には建物の遺構の一部と思われるものがあった。
紹介パネルの説明によると、ボアスアの中心地と思われるところで役所の新築工事が行われたさいに発見したとのこと。
遺構の形からしてボアスア族の祭壇ではないかと推測し、そして陶器と鉄器は祭祀用に作られたらしい。
まあ確かに私の知識を持ってみてもそう見えるから、間違いない。
そして鉄器のところにいくと、長い棒?のようなものが目に入った。
なんだこれ!?こんな長いのをみたのは初めてだぞ!ひょっとしてこれまでの知識を覆す新発見かもな。
紹介のパネルを見ても、私が感じたのと同じく、これまでの研究とは異なり、初めてみた形のもので、その詳しい用途は不明と書いてあった。
それと、棒の中央部には、何やら文字のようなものがあるとも紹介されていた。どこどこ?あっ!本当だ、文字書いてあったな。これはネーデルランドの文字を使って刻んでいたのだろう。まさか私の研究成果がここで披露できるとは…、仮に解読に成功したら私の修士論文の文献にも取り入れられて箔がつくし、かつ学界で名をあげて、新聞にもちょっと取り上げられる絶好のチャンスだ。よーしっ解読するぞ。
「サボンノ」は未来、「バオ」は新しい、「チャル」は翼、「ジムシニ」は少女、これらは今まですでに知られている単語で、他は私の研究成果を持って今から解読する。それでもこんなに長いのをよく刻んだね、かなり大事な棒?であることは間違いないね。
これでいいかな「過去を救う少女は翼を授けられ、バブサの神によって新しい未来を作るために呼ばれ、バブサの神が愛するボアスアを消滅から救い、ボアスアの民を導く」、これ何らかの呪文っぽくない?本当にこの解釈であってるのか?他のパターンも含めてもうちょっと考えてみよう。
…うーんやはり他のパターンを試しても一番最初の方が一番ピンと来るよね、きっとこれであってるはず。こんな長いのは初めて見たけど、私のこれまでの研究成果による文法と単語の再構理論もほぼ完璧にこの文を解読できたので、これはまさに学者冥利に尽きる結果だ。あっちょっとメモっとかないと…
慌ててカバンからノートを取り出して、文字を書き写し始めたが、そういえば写真撮影はフラッシュ使わなければ大丈夫って入場の時にスタッフから説明を受けたのを途中で思い出して、ノートをしまい、そしてスマホを取り出していくつかの角度から写真を撮った。
それでもやはりこの棒は長い!!多分2メートル半位ありそうだよね。ほんと、祭壇にこんな長いのを刺して?どうするつもりなんだ。
とりあえず用途の探究については置いとくとして、文字に関する説明がパネルのどこにもないということは、やはり解読できる人間は現時点で私以外まだ誰もいないという証明でもある。まあこれ一つだけだとどこまで私の再構仮説の裏付けとして使えるかはわからないし、内輪的な醜い学界論争ならぬ派閥戦争を潜り抜けるまでざっと10年はかかりそうだし。ただし仮に他の展示物にも何か刻印されていたら、それこそ私の論文で提唱した仮説を堅牢にする強力な防衛力になるはずだ。一度全部確認しとかないと。
そして他の発掘品も丁寧にみて回ったが、残念ながら結局その棒以外の発掘品にはどれひとつ文字らしきものが確認できなかった。
解読できたのになぜか敗北した気分を味わった私は、ちょうどお腹も空いたので、博物館併設のレストランに移動した。注文したカレーライスを食べながら、持ってきたパソコンを開いて、自分の研究データとして整理したコンパスと単語集と文法集を、先程の棒に刻印された文と再度照らし合わせて、やはりというか、一番初めの解釈であっているようだ。
ちなみにカレーライスのお米は、いわゆる先住民族が古くから栽培している在来種で、それを使ってこの博物館の名物料理にしようと館長が考えた、とどこかの取材記事でそう書いてあったようだ。
しかし何でカレーなのか?と思ったけど、まあ私はカレーが好きだしこれはこれでうまい。
それにこの歴史を変える発見を展示している特別展なのに、本当に館内は閑散としてて、いやこの博物館自体はいつも閑散としたのは今まで通りだけど、別にイブだから誰も来ないわけではないけど、それでもやはり先住民族の血を引くものとしてはもうちょっと頑張ってほしいものだ。
何か私にできるいい方法あるのかな?仮に私の論文の発表によって上手く学界を新たな境地へ導いたとしても、世の中のほとんどの人にとっては、きっとつまらなく味のしない興味もなくどうでもいいニュースなんだろうね。
でも世間のイメージではこのようなテーマに取り組むのはどこか国立大か国立研究所にいる古稀の教授のはずだから、逆にそのイメージからかけ離れすぎて全くふさわしくなさすぎる20代前半の若造が出てくるとか、きっと上手く話題を取り扱えればそこそこ話題を作って時の人になれるはずだ。
それこそ最近目にした巨大インコが医師を怪我させて、飼い主が不注意の責任を取られて1000万近く賠償金を命じられたニュースのように、いや待ってよ、どう考えてもインコと1000万のコンビに勝てる自信とか全く持てないけど…まあそうだよね、インコと1000万のほうがわかりやすくて世間の目を引きやすいのよね。
脳内で色々思考を巡らせながら食べ終わった食器を乗せたトレーを返却口に持っていき、そして再び先ほどの長い棒のところにやってきた。
やはり何回見てもやはり長いなあこの棒。もう一回見てみよう。ネーデルランドの文字で表音し、単語毎に間隔も開けており、そして文法はチョ族語と類似性を持ち、今まで未知だった単語も一部はチョ族語と同源と見られる。うん、100%間違いない、そう、この棒に書かれたのは呪文っぽいもので、「過去を救う少女は翼を授けられ、バブサの神によって新しい未来を作るために呼ばれ、バブサの神が愛するボアスアを消滅から救い、ボアスアの民を導く」だって。
気付いたら私は、興奮気味でバブサ語の発音でこの呪文っぽいものを読み上げ、その直後に、棒が煌びやかな黄金色を纏い、そしてすぐに私の周りの空気が巻き上がり、まるで竜巻の中にいるような状況になった。
その後、巻き上がった空気の隙間から黄金色の光が差し込み、竜巻のようなものが解かれ、私は黄金色の空間に包まれ、浮かび上がった。すると、空間が再び漆黒の闇に変わり、気付いたら周りに先住民族の長老らしき服装をしてしゃがんで祈りを捧げる人たちに囲まれて、私の隣には先程の長い棒が刺してあった。いや、どうやらこれは棒じゃなくて剣だった。
あと、ここはどこだ?
初めての小説なので、言い回し、誤字脱字、文法の誤り、表現の改善などがあれば感想や誤字報告に書いていただくととても嬉しいです。