【番外】私の初恋は、とても淡かった(1)
あれは高校に上がったばかりの頃だった。私は大学で語学と先住民族の研究を進めることを決意し、高校はあくまでそのための準備期間でしかないと思い、イングラン語を必死にかじりはじめた。おかげで入学早々なのに、すでにクラスの女子たちからは敬遠され、男子たちからは変な人だと思われた。
私としては変にクラスのガールズカーストに関わってもメリット皆無で疲れるだけなので、だったらその無駄な時間をすべて勉強に注ぎたいぐらいだと、全く気にしなかった。
しかし、男子たちに変な人を見る目で見られるのは、多少なりとも青春を謳歌したいと心の片隅でそう思い始めた15歳の私にとっては、割と辛く感じた。
そんな時に、私は、彼と出会ってしまったのだ。
その彼は、高一の二学期目、選択科目の教室で隣に座った男子だった。
「皆さん、初めまして、チョイ・リュンナーといいます。よろしくお願いします。」
先生から、一回目の授業は自己紹介でとのことで、私たちは出席番号順に自己紹介をし始めた。そして私の順番が終わったあと、次が隣の男子の順番だった。
「初めまして、シン・ユンイムといいます。よろしく。」
この子、ユンイムっていうんだ、珍しい名前だな。ハン文字では何て書くんだろう。聞いてみようか。
私は、単純に珍しい名前につられて、この高校に入ってから初めて自分から他の生徒に声をかけたのだ。今思えば、言語に対する熱意はすでに今と変わらないほどだった。
「ユンイムくんって呼んでいい?私、あなたの前の子、リュンナーだよ。よろしくね。」
ー「リュンナーさん、よろしく。」
「ちょっと聞いていい?ユンイムって珍しいよね?どんな文字書くの?」
ー「あ、僕の母はジッブン人で、本来は別の読み方だったので」
ユンイムくんは、説明しながら名前をハン文字で書いてくれた。ジッブン族は、古くから自分たちの文化に上手くハン族の文化を取り入れながら、独自の文化を発展させてきた。ハン文字もその一つで、ジッブン族はそのハン文字を使い自分たちの意味や発音を取り付けて、自分たちの文字にしたのだ。
「えっ!?ほんと!?、私も祖母がジッブン人だよ。えっと、この文字だと、多分ユーイチと呼ぶのかな?」
ー「あっ、読めるんだ。そうだよ、僕の名前はそう呼ぶのだ。」
「ええ、私は小さい頃に母と祖母から教わっているので、読めるんだよ。ちなみに私の名前もジッブン語でナオというんだ。母がわざわざジッブン語でも読めるハン文字をつけてくれたんだ。」
ー「そうなんだ、すごいね。僕は去年ジッブンから引っ越してきたばかりで、全然ハン文字での授業に追いつかないのさ」
「そうなんだ、ハン語しゃべるのめちゃ上手だと思うけど、どうして追いつかないの?」
ー「それが、聞くなら問題ないけど、あんまり読めなくてね。父親はフォルサ人だけど小さい頃から仕事で忙しくて、僕にあんまり教える時間なかったんだ」
「…えー、それは辛いね。………ねえユーイチくん、今どこに住んでるの?遠くなければ私の家に来ない?私の母とおばあちゃんなら補習してあげれると思うよ。」
今思えば顔に火が出るぐらい、まさか初日に出会った高校男子を即家に誘うなんて、しかも親と祖母まで顔合わせをする。
しかし大家族育ちで、子供たちを含めて近所との付き合いも幼い頃から親密だったせいで、私は、それがどれほど普通じゃない行動なのかが分からなかった。
幸いユーイチくんは、特に引いたりする様子もなく笑って私に言葉を返した。
ー「うん、ありがとう。僕はハッケ山の入り口に住んでるよ、もし遠くなければ行ってみたいね。」
「ハッケ山の入り口ならうちから全然遠くないよ。よしっ!この授業終わったら一緒に帰ろう、私案内するよ」
ー「ほんと!?嬉しい!ありがとう、ナオさん」
こうして、私が高校生になって、初めての友達ができた。
授業が終わった頃、私たちはすっかり仲良くなった。
ユーイチくんはジッブン語のほうが流暢に話せると言って、途中から私たちの会話はジッブン語に切り替わった。
そしてユーイチくんがなぜここジョンホアまで引っ越してきたのか、その理由もわかった。
前の年の春に、ジッブン国で大きな地震が起きた。当時、ジッブン国の東北沿海部に住んでいたユーイチくんは、大きな津波から命からがらで両親となんとか山まで逃げ切った。
しかしその途中で目撃した日常が壊されていく惨状。逃げ切った山の上から見た、全てが飲み込まれた世界。そしてしばらく経ってから分かった、逃げ切れなかった親戚や友達がいたことも。
当時中学生のユーイチくんが受けた数々の精神的な衝撃によって、しばらく経っても様子がおかしいままのため、心配した両親が病院に連れていった。
結果、診断された病名は、PTSDだった。
両親は、このままユーイチくんを被災したこの地に放っておくと病気が悪化する一方だと判断し、去年の秋に家族3人で父親の実家があるフォルサのジョンホアに戻ってきたのだ。
環境が変わったこともあり、ユーイチくんの病気は少しずつ改善し、そして医師の許可を得て今年の春からこの高校に進学したのだ。
話を聞くと、私までとても辛い気持ちになったが、ユーイチくんは病気のことがほぼ回復したようで、あんまり気にしない様子で、ただこれまでのことを淡々と述べてくれた。
ただ私としては、やはり何か地元民として元気を出させるようなもてなしがしたいと、高校生なりに考えた。
『ねえねえユーイチくん、ちょっと寄り道しない?』
ー『いいけど、どこに行くの?』
『それはついてからのお・た・の・し・み〜』
そして、気付いたら私はユーイチくんの手を引っ張り、早歩きをし始めた。
初めての小説なので、
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