昼前の小川は、人混みだった
イスルさんに昼の長老会議に出席を頼み、イスルさん本人としてもいち早く農耕の問題を解決したいので、出席してくれることになった。
本来だったら直属の上司であるアクワヌ大長老を通すのが礼儀だったが、私としても本日予定している経済産業の議題に合わせたかった気持ちが強かったので、少々変則なやり方をした。
後で会議前にアクワヌさんに伝えとこう。
ちょうどそのタイミングにドバくんがやってきた。
ー『母さん、さっき任された場所は全部やったけど、次は何をしたらいい?』
ーー『ドバ、ありがとう。もう充分だ、後は私とタタに任せよう。ナオ様の案内、続きを頼むね。』
ー『分かった。ナオ様、お待たせしました。』
『いいえ、私もちょうどイスルさんから色々有意義な情報を教えてもらったので、ドバくん、とても助かったよ。』
ー『いえ、僕はただいつもやっていることを案内しただけですから、でもお役に立ててとても嬉しいです。』
『うん、ありがとうね。じゃあまたどっか連れてってくれる?』
ー『そうですね、うーん、どうしようかな…』
ドバくんは、私の次の案内先について悩んでいるときに、イスルさんが会話に割り込んできた。
ーー『ドバ、小川に連れてってな。朝の洗濯風景をナオ様に案内して』
ー『えっ、でも、あそこに僕入れないよ。恥ずかしいし』
ーー『ナオ様の護衛だから気にする必要ないと思う。ナオ様のことが何よりも優先すべきだから、あそこに行っても護衛らしく堂々としな。』
ー『分かった。そうする。』
二人の会話を聞いて、私はそれが何を指しているのかはよくわからなかった。
先住民族の歴史文化に詳しいとはいえ、それはあくまで現代に残された僅かな文献と考古学成果から得た推測でしかならず、しかもボアスアのような海から少し距離のある集落に関しては、なおさらだ。
特に驚いたのは、やはり400年前に既に一部にハン族の影響が見られたということだ。
この時代に来て実際に目に入るまでは、恐らく私はこの事実を受け入れることはなく、せいぜい南部のシラヤ族か、沿海部のロッコとかのあたりに限定的に留まるだけだと思い込んだままのはず。
なので、これ以上のことがわからない今は、あえて二人の会話に割り込まず、任せたほうがいいと思った。
そもそも、公務でもないからね。
ー『では、ナオ様、次のところへご案内します。』
『おお、分かった。任せた。』
ドバくんが赤面をしながら話しかけてきた。なんで赤面なのかはよくわからなかった。
そしてイスルさんとタタと別れた後、ドバくんに連れられ、畑の北東部へしばらく移動した。
そこまで時間はかからなかったところに、恐らくさっきイスルさんが言っていた小さな川だろうか、目に入った。
まだよく見えないが、小さな川の両岸とその中には、ざっと数十人くらいはいた。
段々と近づいて、底にいる人間たちの様子がはっきりと目に映ったところ、私はやっと先程ドバくんが「恥ずかしい」と赤面をした理由が分かった。
子供以外は全員女性で、子供はもちろんスッポンポンだけど、一部の女性も生まれたままの姿をして川に入っていた。
沐浴だ。
ー『な、ナオ様、着きました。こちらが集落東南部の小川です。』
『ドバくん、ありがとうね。』
ー『い、いえ、ご、ご説明します。朝は、洗濯と、女性と子供の沐浴の時間です。』
『あ、やっぱりか』
ー『はい、なので僕は、本来ここに来ては行けません。せいぜいもう少し離れたところで警備するくらいです。』
『うん、ドバくん、よく頑張った。』
ー『川は、ここ以外にも北に2本ありまして、そちらでも同じです。ちなみに、男性は午後から夕方にかけて入ります。』
『なるほど、それってやはり安全面を考えた話?』
ー『そうです、それと洗濯しても乾かす必要があるので、どうしても朝のほうがいいです』
まあそうだよね。この時代の先住民族に関する本来の私の知識では、男性は狩猟と部族間の争い以外何もやらないから、女性は農耕も採集も家事も育児も全部引き受けている、極めてひどい状態だと認識している。
これがそのまま集落が家父長制に変わったら文字通り災厄でしかない。
『ってことは、皆毎日入るの?』
ー『いえ、僕の認識では、皆それぞれです。毎日入る人もいれば、二、三日に一回の人もいます。もちろん天気が悪い時や川の水が増えているときは入りません。』
『…なるほど、…じゃあ私も入ろうかな〜』
ー『!?、な、なな、ナオ様、い、今ここで入ると、会議に間に合わなくなります。』
『ふふ、仕方ないね。』
思わず軽くドバくんをいじってみたら、ドバくんは茹で蛸みたいに更に顔が真っ赤になった。
洗濯も沐浴も、流石に見ただけで大体わかったので、それ以上聞くこともなく、少し眺めてから私達は集落に戻ることにした。
そろそろ今日の本番である会議の時間だ。
初めての小説なので、
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