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限界サラリーマンがカエルを踏み潰したらそのカエルが家までついてきた話

作者: 枯井戸



[蛙]カエル…かわず……frog…………。

両生綱無尾目に分類される構成種の総称。


名前の由来は幼生のおたまじゃくしから成長につれ形を「変える」という説や卵生であることから卵から「孵る」等が由来となっている説が有力らしい。俗説では夕方、子供が家に「帰る」頃に鳴き始めるからこの名前が定着したとも言われている。

 

現在の時刻は深夜の12時。ウィキペディアでカエルのページを眺めていたら日付を越えてしまっていた。なぜ夕方でもなければ子供でもない俺がこんな時間にスマホでカエルについて調べているのかと言うと…………踏み潰してしまったからだ。


カエルを。たった今。


 深夜にまで食い込んだ残業を終えて意味もなくスマホを眺めながら帰路についていると足の裏に小さな弾力が伝わってきた。『ビッ』っという短い断末魔の叫びをあげ可愛そうなカエルは絶命した。


「うえ………」


(最悪、なんでこんな街中に、感触キモ、久しぶりに見たな、子供の頃以来か、可愛そうに、悪いことしたな、なんてカエルだろ)


 連日の、嫌、もっと長い期間連続して残業に使用してきた頭は浮かんだ考えに思考が追いつかずフリーズしてしまい、代わりに電源の入ったままのスマホにその役目を任せたのだ。


「かゆっ……」


首もとに飛んできた蚊を条件反射で叩き、手のひらに小さく広がった血を見た。


 こんな短時間の間に二つも命を奪ってしまった。コイツらも何だって夏も終わった秋口に顔を出したりするんだろうか。俺は自分の過失を棚にあげ抗議をしないことをいいことに責任を転嫁した。


「…………」


蚊を叩くのはともかく、カエルを踏み潰したのは初めてだったので罪悪感からかペタンコになったカエルの脇に今潰した蚊をお供え代わりにおいてやった。


「…………帰ろ。」


重たい体を引きずりようやく玄関にたどり着いた頃には先ほど奪った小さな命のことなど頭から抜け落ちてしまっていた。


 どうせ今日もシャワーを浴びて、安い缶チューハイを飲みながらスマホをいじっているといつのまにか寝てしまう。そしてアラームでたたき起こされ会社に行く。頭より体が覚えてしまった生活ルーティンだ。新しいことはなくただただ時間が過ぎる。時々どうしようもなく全てが嫌になって投げ出そうという気にもなるが、どうせ朝になればそんな気持ちも縮みきってしまい背広に袖を通すのだ。



『なぁ、はよあけてんか。寒いやん。』



俺はギョッとしてまわりを見回した、それもすごいスピードで。深夜に話しかけてくる輩にまともな奴はいない、十中八九関われば面倒なことになる。まさか自宅の玄関でそんな奴に出会うとは……。

ホームレス、酔っぱらい、はては強盗か、なんて最悪のパターンを一瞬の間に想定したが予想が当たることはなかった。

俺の頭が辺りを2往復しても人の姿はなかったのだ。


(なんだよ…ビックリした。…………幻聴か?)


安心したのも束の間。自分はとうとう幻聴が聞こえるほど精神をすり減らしてしまったのかと落胆し大きなため息をついた。



『ため息エエから!はよあけろや!!』



幻聴じゃない。間違いなく。今度は怒鳴られた時の空気の振動まで感じた!!

僕は驚いて声のした足元を見てさらに驚いた。


大きさは70cmほどで一人歩きを始めたての子供くらいの、先ほど僕を怒鳴り付けたそれは。



    2本足で立つカエルだった。



(はぁ…幻聴だけじゃなく幻覚まで見えてきた。この仕事も辞め時かな。)


目の前の2本の足で立ち人間のように腕を組むカエルを僕は現実のものと思えず。明日の朝イチで精神科を受信することを決めた。


     [[[バチィィィイン!!!]]]


その時、カエル?の鋭いミドルキックが僕の足を襲った。痛みまで伴うとは、かなり重症みたいだな。そう思い痛みに呻きしゃがんで足を押さえているとカエルが俺の耳をつかみ再度怒鳴った。



『あけろって言っとんねん!!!殺すぞ!!!!』




   ・・・・・・・・・・





『いや~けつって悪かったなぁ』



『でも、とろくさい自分も悪いんやで?何ボーッとしてたん?あ、ビールある?もろてええ?』



 ここは俺の自宅で、今朝家を出たときと変わらないリビングにいる。いつもと変わらない景色に異彩を放つカエルが一匹テーブルの向かいに鎮座している。結局玄関先で怒鳴られてなし崩しに家にあげてしまったのだ。


(なんなんだコイツは………)


最も落ち着く場所であるべき自宅が異常な空間へと変貌してしまったが冷静を取り戻す時間を稼ぐために俺はこのカエル?の望み通り瓶ビールとコップを出してやった。


『おおきに、お前もグラス出しや。一緒に飲もうや』



友達かよ。しかしまだ時間は欲しい。


「………カエルだよな……?」


『さっきお前の踏み潰したカエルやな』


「……!!!」


『痛かったでぇ。これからデートやったっちゅうのに』


なんとこの人間の幼児程の大きさもある人語を話すカエルはさっき帰り道に俺が踏み潰したカエルだというのだ。信じられない。が、いま目の前で起きているこの事態も到底信じられるものではないので因果関係を考えると府に落ち……ないこともない。


「恨んでるのか…復讐に来たとか…?」


『アホ、これやから猿は』


どうやら最悪の事態は回避されたみたいだ。道で踏んづけたカエルに恨まれて殺されるなんて冗談じゃない。


『(カエルと人間の命じゃ割りに合わないだろ)って顔しとるな』


「…!!!!!」


(見透かされてる…)


『図星か、まぁええわ。そういう奢り高ぶった考えは猿には付きものやからな。』


安心したのもつかの間で、浅はかな考えを見透かされてるしまった情けなさからか俺は沈黙してしまった。


『まぁ飲もうや、夜は長いし』


反論もできず俺は半分ヤケなりながらカエルに言われるがままに酒を煽った。酒というのは人類の数少ない良き発明だ。これ程異常な状況なのに驚くほど心を落ち着けてくれる。最初からこうすればよかったと思い余裕を取り戻した俺はカエルと友人さながらに話をしていた。


『蚊を脇に置かれたときは殺意沸いたわ~、あれなんなん?』


「何もなしじゃ申し訳ないと思ってお供え物のつもりだったんだよ」


『お供え物って死んだやつのために喜びそうなもの送るやつか。猿は本当に意味のわからんことするのぉ』


「カエルがこうして現れるならあの時潰した蚊も出てきてもいいものだけどな」


『アホか猿、蚊みたいな虫けらとカエルを一緒にするんやない。生物としての格が違うわい』


 そんなものか、さっき奢り高ぶった考えを説教されたばっかりだと思ったが言わないでおこう。今日は残業による肉体的な疲労からか酒の廻りがだいぶ早かった。加えて久しぶりに誰かと話ながら飲むなんて久しぶりだったから、相手はカエルながら楽しみを覚えていた。


 このカエルときたら俺よりかなり飲んでいるはずなのにてんで顔色が変わらない。カエルに顔色の変化があるのかはわからないがどうやら酔いが廻っている様子はない。カエルの癖に下戸ではないみたいだ。


「どうして人間の言葉喋れるんだ?あれか、神様の使いとか?」


『いや知らんよ?お前に踏まれて…死んだと思ったらこの状態やった。言葉は知ってたみたいに喋れるし、いろんな知識もあるで』


「ビールなんかも知ってたしな、カエルが飲んで大丈夫なのか?」


『別にエエんちゃう?どうせ死んでるし。ビール空いたで、取ってきてや』


 どうやらこの両生類にも現状は説明できないみたいだ。謎は深まるがモヤのかかりだした頭は解決する気などなかった。根本的な問題は放っておいて、オレはもうひとつの疑問を投げかけた。


「なんで俺のとこに現れたんだ?さっきは否定したけどやっぱり恨んでたりするのか?」


『なんやそないなこと気にしてたんか。人間は死ぬんが珍しなって変に考え出したな。死ぬなんていつ起こってもおかしくないんやからいちいち恨んでたらキリないで。』


『踏まれた瞬間もあぁ…デート行かれへんな~くらいのもんや』


「じゃぁ、なおさらなんでついてきたんだよ」


『そうやな…。死んだと思たらこんな体になってて、おまけに頭も妙に冴えてるときてる。こない小さな時とは比べ物にならんくらいな』


カエルは人間の子供くらいの大きさの水掻きのついた手で丸を作ってはにかんで見せた。


『そんで、目の前にフラフラ歩いてるお前がおって。どんな奴か気になってしもてな。いや、いままで死んだらそれでおしまいやと思とったから出来心でな』


『ふざけた奴ならしばきまわしてやろうとも思ったけど、生きとるクセに死んどるみたいな顔しとったやろ?』


『なおのことどういう奴か気になってな、そんで家までついて来たってわけや。なんでそない死んだような顔してたんや?』


……どうやらカエルから見ても生気のない顔をしていたようだ。こんな生きてるか死んでるのかわからない奴に踏み潰されたコイツに猛烈に申し訳なく思えてきた。


「…いや、どうも仕事が向いてなくてな。生活に満足してなくて…生きてる実感がないんだよ。死んでないだけなんだ。」


酒のせいで感情が不安定なのかネガティブのスイッチが入ってしまったみたいだ。このカエルがいかに言葉を話そうが人間社会の憂鬱など理解できるとは思えないのについ愚痴を言ってしまった。


『……ふーん。ようするに上手く餌がとれへんのか。おまけにつがいも探せへんし。』


「まぁ…そんなとこかな」


『お前それ狩場かえろや、自分のナワバリ持った方がええで。』


『見た感じまだ若いし、池の端で生きるには早いで。男なら自分のナワバリ広げてなんぼや。ほら飲め』


これがカエル流のアドバイスなのだろうか。なんとも強引な考えだが元気づけようとしてくれているのは伝わってきた。


「狩場を変えるねぇ、簡単にはいかないよ」


『何でも難しく考えすぎや。楽しく生きろや、オレの分まで。』


[オレの分まで]という言葉にハッとした。その時改めて俺はこのカエルの生涯を終わらせてしまったのだと思い出した。


『ほな、そろそろおいとましようかねぇ』


 時間は朝の4時を回っていた。数時間の出来事ではあったが俺はこのカエルととてつもなく濃い時間を過ごしていた気がする。不思議だが心地いい時間、しかしいつまでも続くわけもなく終わりを迎えようとしていた。


「……なぁ、どこ行くんだ?」


『上手く言えへんけど、帰る場所があるんや。そこにいく。途中でデートもしてこうと思っとるわ、だいぶ遅れてしもたけどな』


「……悪かったな、本当に。」


『エエって、ビール奢ってくれたし。』






『ほんじゃ、元気でな』





 

 最後まであっさりした感じでカエルは去っていった。俺は一人になった部屋で酔いを覚ますために起きていた。再度アレは幻覚だったのかと思ったがテーブルの上に残された自分一人では到底消費しきれない量のビールの空き瓶と、脛に残った痛みによって現実であったと確認した。


 俺は酔いを覚ましながらカエルと話したことをボンヤリ思い出していた。


(狩場を変えろか…カエルらしいな…ふふ…。)


次第に窓の外が明るくなり始めいつも出勤する時間まで一時間を切っていた。


「難しく考えすぎてた…かもな。」


(ここは俺の住む場所じゃなかったな)



連日の残業とかなりの飲酒により眠気もピークに達していた俺は会社に一本電話を入れたあとに、布団に潜り込んだ。



(あのカエル…なんて種類だったんだろ…)






    完




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