イケメンに押し付けられた私の転生先。
―◇―
またあの白い部屋に来ていた。
「ご苦労。これでオレもここから出られる」
「閉じ込められていたの? あ、そのために私を利用したんだ、自己都合って言った!」
「人聞きの悪い」
低い声に温かみがあった。妙にこそばゆい。事務的なAIのようなヤツだと思っていたのに。
「それに何、あのセリフ。春陽はもらったなんて言っちゃって。芽衣を安心させるためだとしても、事前根回し欲しいんですけどぉー?」
「事前じゃプロポーズしようにも足がなかっただろ? 片膝もつけない」
「ぷ、ぷろぽーず?」
私はどっと赤面しているというのに、男はニヤニヤしていた。イケメンに表情があるというのは凶器だ!
「おまえみたいなヤツ待ってたんだよ。なりふり構わず他人のために行動できるバカ。第89天魔王になることは決まってんのに身体がない。オレの死体は酷く傷んでて持ってこれなかった。それで死んだ人間を召還して課題を与え、成功すればそいつのイメージした身体がオレに実体化することになった。だが他人を思う気持ちが少ないヤツだと耳だけとか指一本とか、ほんといつになるんだろうってうんざりしてた」
「ま、魔王って悪い人なんでしょ? い、いやよそんなの。アンタを助けてしまったのも心外だわ!」
魔王になるらしい男は自分の新しい足を試すように、私には見えないボールを使ってサッカーのリフティングぽい動きをしている。
細身のジーンズが今度は見えた。引き締まった筋肉の動きに合わせ、黒いストレートヘアがふさっふさっと跳ね、静と動の躍動感たっぷりに。
「落ち着けよ、ハルヒ、らしくない。おまえは自分が死んだと知ってもひとっ欠片も自分の心配をしなかった。普通なら『自分、かわいそー』って泣き喚くもんだ。やりたいことあったのに、とかあんな恥ずかしい死に方して、とか一言も言わなかったよな?」
「言う暇なかっただけだよ……」
「違うな、オレはその肝の据わり方にホレた。そしておまえのババアみたいな道徳観念も、友人や男どもを心配する優しさも好きだ。おまえが一緒に来てくれたら第89天界もうまくやっていける。この部屋もそれを認めたんだろう、オレに足りなかったものを全て返してきた」
「表情も?」
「そうだ。おまえがいればオレは笑っていられる。どっかでずっこけてないか心配もさせられそうだが、それもいい。人間、心配する相手がいなくて自分のことばかりに囚われると歪むからな……」
「アンタは魔王で人間じゃない!」
好きだと言いながらどうしてこの男はこうも上から目線なんだろう?
やっぱり魔王だからか。私に好かれていること大前提? 私の気持ちはどうなるのよ。
「そこに盛大な誤解がある。魔王ってのは死んだ人間の中で情念が強くて魔法が使えるヤツ。死後の世界を取りまとめるのに魔法が便利なだけだ。悪いことするわけじゃない。ハルヒにさせた課題だっておまえたち二人のためになることだったろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
わからないことだらけで、気に入らない。利用された感は拭えない。このまま目の前の男と結婚? 知り合ってまだ何時間よ?
とりあえず、質問は受け付けてくれそうだ。
「もう89も死後の世界があるの?」
「ぶはははっ」男は腹を押さえて笑った。
「また突然突拍子のない質問をする。それも可愛いところではあるんだが、前回もあの芽衣って子のことを急に話し出すからああなっただけで、一応ゆっくり状況を説明するつもりだったんだぜ?」
「あー! アンタ脱げって言った、私着替えてた! アンタ私の裸見たの?」
今度は両手で頭を抱え、その場にしゃがみこんだイケメンには似つかわしくない姿から、ぶつぶつと失礼な言葉が上がってくる。
「頼む、オレに後悔させるな。そりゃおまえは階段で滑って転んで死ぬような女だ。でもこの下半身を作ってくれた。オレはおまえのものだ。この脚諦めて、また何百年もちまちま身体作っていくなんて堪えられない……」
「魔王さんは昔の人なの?」
アンタじゃ悪いかと思って「魔王さん」と呼ぶことにした。相手はすっと立ち上がって徐に目を合わせてきた。
「まあ魂はな。だが決めた、おまえの質問全部答えてたらキリがない。質問は代わりばんこだ。おまえの裸は見ていない。まだな。気持ちとして制服を脱ぎ捨てろと言ったんだ、さもないと現世の学校に縛り付けられるから」
真面目な顔をすると最初会った時の恐さが舞い戻ってくる。身体が硬直するからイケメンさんには微笑んでいてほしい。
「じゃ、こっちから質問だ。オレのことどう思ってんだ?」
「エッ?」
私は急に狼狽えた。質問されるってこんなにドギマギすることだったっけ?
「あ、あなた……のこと? 大変、そうだなって……わ、悪い人……でもないかな、くらい……」
あなた、と呼んでしまって妙に照れる。
魔王さんは満更でもないとふわりとニヤけた。
おずおずと自分の質問を口にした。
「あ、あの、第89天界ってどんなとこ?」
「ハハハッ、まだない。オレとおまえで作るんだ。古事記みたいにって言ったらわかるか? でき上がったら好きなヤツ呼んでいい。これから死ぬ人でも既に死んで他の天界に居る人でもな」
「ほんと? 将来、芽衣にも来てもらえる? 去年死んだお祖母ちゃんも?」
「ああ」
実はよく笑う人なんだと思った。それもいろんな笑い方で。表情が戻ってからずうっと、私には大抵笑いかけてくれてる。
もしかして……この笑顔を信じていいのかもしれない。
どうせもう死んでいる。地獄に行くわけじゃない。
この人のこの笑顔を頼りに新しい世界を創る。
できるような気がしてきた。
魔王さんは私の前に左膝をついて私の右手を取った。
「オレについてきてもらえないか? 伴侶として」
手に話しかけられた。
「綺麗な手だ。そしておまえの心がどれだけ清いか、オレはよく知っている……」
動悸の合間に私がやっと声を出そうとしたら魔王さんが被せてきた。
「オレの下半身はおまえの望み通りにできている。きっと気に入る」
パァンと手を振りほどいていた。
「もう、知らない!」
ロマンチックなところでどうして雰囲気ぶち壊すの?
顔色隠そうと背を向けたら、肩の高さに男の両腕が絡まった。魔王さんが私の頭の天辺あたりに顔を埋めて囁く。
「好きだ……ハルヒ。おまえが来てくれてよかった……」
「うん……」
そっと身体の向きを変えられて口唇が合った。
私のファーストキスは第89天魔王さん。
「ね、ねぇ……、なんて、名前……?」
魔王さんはもう一度しっかりキスしてから答えた。
「ダン・ナサーマだ。それでいいだろ?」
白い部屋は丸い発光体に形を変え私たちを包んで宙に浮いていた。足下には昏い、どろどろとした海。
ちょっと怖くなって隣を見ると、ダンは微笑んでいる。左腕に抱えたぶっとい矛を見せて肩をすくめた。
「ああ、これでいいんだ」と私は思って微笑み返した。
―了―
ダンとハルヒの続編を書き始めました。後日談と設定の詳しいところをダン目線で書いています。
もしご興味がありましたらそちらもおお覗きください。
「800年も忍ぶ恋ーオレにお預け食わせてただで済むと思ってんのか? 百人一首にちゃんとキーワード入れといただろうがっ!」 https://ncode.syosetu.com/n9137gp/