真っ白い部屋のイケメンと私の死にざま。
「脱げよ」
「はあ?!」
異様なオーラを纏った目の前のイケメンの言葉に耳を疑った。知らない男子。二つ三つ年上だろう。下唇を噛んでいるのか見事に不機嫌そうだ。
何もない四方八方真っ白の部屋でソイツだけは玉虫色の後光を放ち、無造作に羽織った白ティーが薄青く見える。
口元より恐いのはその眼だ。漆黒の瞳は煌めきもなく、一夜干しの魚みたいに表情が読めない。
©遥彼方さま
「服が違う。さっさと脱げ」
私は焦って自分のいでたちを見た。いつもの高校の制服、高1と高2の春とを過ごしてきたもの。
「おまえは病院で、三週間昏睡状態だった。その後死んだのだから患者服だろう? 制服で現れるということは、学校に執着しているということだ。地縛霊になり得る」
「じばく……れいー!?」
「学校の七不思議にでもなりたいのか?」
白い壁に寄りかかって腕組みをする男はジーンズを穿いていると思うのに、目を擦っても上半身しか見えない。
「報告によればおまえは、非常階段で足を踏み外して後頭部をかち割った」
「あっ! 芽衣は? 芽衣は大丈夫だったの!?」
自分は死んだらしいとぼんやり理解したら、口をついて出たのは親友のことだった。
「告白していた女か? それともおまえが追いかけていたほうか?」
「芽衣! 追いかけてたほう!」
「助けたければ早く脱げ……」
―◇―
あの日芽衣はあの女を止めようとしていた。もしくは自分の想い人、田中君に「その女と付き合わないで! 私を選んで」と告ろうと現場へ向かった。
クラスメイトから三人が相次いで屋上に行ったと聞いた私は、芽衣のほうを引き止めようと階段を駆け上がったんだ。
芽衣の気持ちはわかる。その女、脇坂珠莉は学内女子の間で評判の「チェリー散らし」だから。それも質の悪い、告白して付き合ってすぐさせて、相手の失敗談を集めて仲間内でこきおろすという趣味の持ち主。
パッと見は虫もGも殺しそうにない親しみもてるカワイイ系だから、男子もころっと騙される。
「前の彼氏とはどうなったの?」と聞く男がいても、「私じゃダメだったみたい……」の一言で逆にズキュンと悩殺。
珠莉の秘密手帳には、サイズ、持続時間、テク、清潔度、失敗の詳細が書かれているという。それを男子生徒は誰一人として知らない。
もっと怖いのは、その情報が裏取引されているらしいことだ。
「いいな」と思った相手のデータを、お金を払って珠莉に聞く女子がいるんだって!
初めてなんて、女の子にとっては元々大ごとだけれど、男子にとっても楽なはずないじゃない。それが上手くいかなかったからって。
「高校生が最初っからコントロールできるほうがヘン」って兄貴は言ってた!
(だから男には気をつけろって私は釘を刺されたんだけどね。そうじゃなきゃこんな話するわけがない)
珠莉のやってることを知った時私は、
「プライベートはふたりでゆっくり練習しながら作り上げていくもんだよ。十分大人になってからね!」
と言って、「お婆ちゃんみたい」って芽衣に爆笑された。仕方ないでしょ、そういう性格なんだから。
確かにね、芽衣の好きな田中君はイケメン度中の上くらいで、優しさと正直が取り柄の目立たないチェリー臭ぷんぷん、芽衣が心配するのもわかる。
と、必死で階段駆け上がって、芽衣の背中の向こうに一瞬見えた田中君と珠莉の様子。私の記憶によると、珠莉は手の中の缶コーヒー使ってもじもじを演出、でも田中はそれに「辟易?」って感じでそっぽ向いてた。
©遥彼方さま
「あ、これなら大丈夫だよ、田中、断るんじゃない?」と芽衣の肩を引き戻そうとして、伸ばした左手がすべった。ついでに左足一段踏み外した。日頃の運動不足がたたって、2階から5階に当たる屋上手前まで走り上がってきた膝が笑っていたんだ。
力が入らないところに芽衣を道連れにするわけにはいかないと、右手で彼女の背をとんと押したら自分の身体が裏返った。私はコンクリートの階段を仰向けに、両脚からがんがんと滑り落ちてしまったのだ。
芽衣の叫び声が聞こえていた気がする。泣きわめいていたような。
芽衣を助けるならって、やっぱり巻き添えにしてしまったんだろうか? 芽衣も死にかけていたらどうしよう?