男メニューの指名
ナイト系雑誌をみて飛び込みできた新規客の若そうな女の子2人組が、席案内をしたホストが見せる黒い革表紙のファイルに興味深々で覗き込んでいる。
業界用語で通称【男メニュー】と呼ばれる、在籍ホストの宣材写真のアルバムだ。
1人に1ページを割き、
☆名前(もちろんお店で名乗る源氏名)
☆肩書き(お店での役職)
☆年齢、身長、体重
☆本人からの一言アピール
などが書かれている。
身長や体重などはあくまでも自己申告なので、正確でなくても問題ない。中にはワザと明らかにジョークだとわかる極端な数字を書く者もいる。
そして、この店では、前月の売上げ順位トップ10を示している。跡を残さず剥がせるシールでナンバー順位を示せるようにしていた。
当然、そのステータスは新規客からの指名を受けるのにかなり有利になるのだ。
この日も、もちろんナンバー1は指名されていたのだが、本指名が重なっていたのでなかなか席には来ず。
(なお、この男メニューによるお呼ばれは指名本数にはカウントされないことから、売れ始めると呼び出しに応じなくなる不遜なやつもいる)
今回、彼女らは新人の羽舞の写真にも興味を示した。
綾美『この子、ちょっと可愛くない?』
ちはる『ホントだ、なんかジ○○ーズの知念くんに似てない?』
綾美『え、20歳?絶対見えない笑』
ちはる『絶対修正してるよね笑』
そんな流れで、羽舞に新規指名が入った。
もちろんまだまだ固定客の少ない羽舞は、この日はお茶っぴき(指名ゼロ)状態であり、声が掛かるとすぐにその席へと向かった。
羽舞『はじめまして。ウブと申します!』
名刺を差し出す。
綾美『うぶ!?って読むんだ?笑可愛いー』
ちはる『綾美?実物のほうが可愛くない?笑』
名前が似合ってる、可愛い、とキャイキャイと騒いでいる二人。
羽舞は『かわいい』と言われるのには少々抵抗があった。しかも相手は18歳と年下の女の子である。モヤモヤしてしまう。
羽舞(あれ?もしかして俺、男と思われてない?)
羽舞『あは…そう?ですかね?(^◇^;)』
実際、この世界にきて3か月、特に先輩達からはいやと言うほど『可愛い系』と言われてきたのだが、
…そんなこと、はじめて言われたな、と小さく呟いてみせ、『ありがとうございます』と愛想笑いを浮かべる。
タバコを取り出す綾美。18歳だよね?と思いつつ、羽舞はさっとライターの火を差し出して付ける。この辺りの動作は3か月もすれば慣れたものだ。
綾美『ん、ありがと…….っ、羽舞くん、手きれいだねぇ』
骨っぽさのない線の細い手も、羽舞のコンフレックス。
本当に、この世界にくる連中は、俺が指摘されたくないことばかり指摘してきやがる。
…とはいえ、相手はお客様だ。
慣れなきゃ。耐えなきゃ。
そう思い『あは、よく言われます、まぁ自分では好きじゃないんですけどね、男らしくないでしょ?笑』
ちはる『いや、ホント、女の子みたいだよね笑』
ニヤりと笑って『ほんとは付いて無かったりして?タッチしてみて良い?笑』と少々品のない綾美のイジり。
『イヤイヤ、ハハハ…』苦笑いで誤魔化し、腰を引いて少し身体を逃がす羽舞。
綾美『冗談よぉ!笑。本気で逃げないで笑』
その後もそんな感じで、どちらかと言えば終始イジられ、会話をお客にリードされた感じでイマイチ盛り上げることもできずにいる所に、まるで満を辞したかのようにナンバーワンの涼が現れた。
涼『どーも!はじめましてぇ!遅くなっちゃってごめんね、呼んでくれてありがと♪楽しんでくれてます??』
ご新規向けのテンションで割って入ってその場の空気を掻っ攫う涼の登場に、羽舞は幾分かホッとすると同時に、涼の前でさっきのノリのイジりをされるのも嫌だと言う気持ちもあった。新人の羽舞にとって指名客とゲットするチャンスでもある飛び込み客の席を涼に明け渡して、そそくさと退散する羽舞だった。
新規のお試し料金時間が終わり、この日は初回料金だけの支払いで『また来るよ』と満足したように二人は帰った。
【送り指名】は当然といえば当然、涼だった。
(通常、客が帰る際には指名ホストがビルの下まで送り出すのだが、新規客はそれを誰にするかを最後に指名でき、これを送り指名、という。本指名とは異なり、別に次回来店時にそのホストを指名しなければならないルールはないが、まぁ、大抵の場合は、そうなる。その日一番のお気に入りを選んでいるのだから当然といえば当然である。)
この二人組も、数日後にリピート来店し、綾美の指名は涼だった。そしてもう一人のちはるの指名は、直斗だった。
初回の送り出し後のこと。
涼『羽舞、ちょっと来い』
とバックヤードに呼ばれ、自分が席に行ったあと、何故立ち去ったかと問われた。
ノリが苦手で…とあまり盛りあげられなかったことを口にすると、逃げるな、と怒られてしまった。
涼『俺が混ざって2対2で、むしろちょうど良いバランスなのに、お前は席から逃げた。せっかくのフリー客なのに指名を取る気合が今のお前からは感じられない。』
直斗は羽舞の後で接客に入って、少し会話をしてすぐに他のホストと交代していったが、送り出しのタイミングは見逃さなかった。
涼曰く、綾美が涼を指名し、ちはるは特に決まっていなかったところに直斗が戻ってきた。『特に希望いないならオレに送らせてよ!』と積極的にアピールし、送りをゲットしたそうだ。
ビルの下で、電話番号ゲットしてたし、別れるときの雰囲気見る限り、次来るときはほぼ間違いなく直斗指名だろうな、と涼は言ったが、まさにその通りになった。
逃げずに食らいついていたら、あの子の指名は羽舞が取れていた可能性が高い、と涼は言う。
涼『そんなんじゃいつまでも売れないぞ。苦手な席から逃げるな。』
羽舞『すみません…』
涼『お前…男だろ?シャキっとしろよ!』
そういうと涼は、気合を注入するかのように、パァン、と羽舞の背中を叩いて接客へと戻っていった。