stylish Club SAMRAI
stylish Club SAMRAI。
比較的綺麗な外観の雑居ビルの2階にある。
外の道路と繋がる緩やかなカーブを描いた直通の階段、その妖艶に輝く間接照明は夜の世界に憧れる女性客の心を惹きつける。
階段を上り、入り口の黒っぽい重厚な扉を開けると、いささか贅沢な面積を割いたエントランスの壁に飾られた、ナンバー入りのホストや売り出し中ホストの写真の爽やかな笑顔に迎えられる。展示された写真は、裏側から間接照明に彩られ、3割増しでハンサムに見えているに違いない。(もちろん多少のデジタル加工も加えられているだろう)
既に非日常の演出が始まっているエントランスを抜けると、黒を基調とした広いホールが広がっている。
フロアの真ん中には4人掛けの席が10個並んでいる。客同士の視線が合わないよう、また他の席が気になりにくいよう、席同士の角度をバランスよくずらし、一部低い衝立てで区切られている。
その両側の壁沿いには一つに繋がったソファーが配置され、テーブルは左右それぞれ5組分配置されている。
間には、通称キャサリン、と呼ばれる肘置きのようなものが置かれ、席が区切られている。適度に置かれたスツールは、ヘルプと呼ばれる、指名以外の場繋ぎ役のホストが使う椅子だ。
そして、Box席の奥は少し開けたスペースが取られ、天井の演出用照明はその部分に集中的に向けられている。
ここは、色々な演出を行うステージとして使われるための空間。
その奥には完全個室となった部屋があり、VIPルームと呼ばれ、時間料金が通常よりお高くなっている。
(厨房という何とも現実的な設備は、夢の空間の中には相応しくない。エントランスからフロアとは別の向きに目隠しの壁の向こうにある。カウンター席はない)
歌舞伎町には小さなところだと、このエントランスの中にすっぽり入ってしまいそうな狭さの店のたくさんあるが、高い家賃をかけてもまずは空間で特別感を演出する、オープンするときの一色誠也がこだわったポイントだった。
今日も看板に灯りがともり、BGMが流れる。
クラブ系の音楽が流れる店内。
☆『いらっしゃせぃ!』
さっそく入り口から威勢の良い声が響く。
『『『『『いらっしゃーせー』』』』』
店内から呼応する元気な男らしい掛け声。
この店のナンバーワンでもあり統括本部長といういかめしい肩書きを持つ鳴神涼(21歳)が、一番乗りの同伴客を連れてくる。
多くのホストクラブでは、女の子のお店と異なり、ボーイ業専属のスタッフはいない。
お客様を見て、伝票に名前と入店時間を書き、キープボトルを飲むためのセットを用意するのは新人スタッフの役目。
羽舞は、急いで伝票に『りんか様』と書き、彼女のボトルを探す。この人は金使いの良い客、確か、前回おろしていたのは…そう、ヘネシーXOだ。
あった。一番上の棚。
160センチ台に満たない羽舞、どんなに手を伸ばしても届かない。
この身長は彼のコンプレックスの一つであるがゆえ、すぐに背の高いスタッフに助っ人を求めることが出来なかった。
☆『おい!羽舞!りんかのボトル!早くしろ!何してんだよ!』
厨房に入ってきたのは数ヶ月先に入店した先輩ホストの直斗(18歳)。
ホストクラブでは、年齢は一切関係ない。入った順番が全て。そして役職に就任するとその瞬間立場が逆転する。悔しければ、相手より早く、より高い肩書きに出世するしかない。同じ店の仲間でもあり、ライバルでもある。そういうシビアな男の戦いの世界だ。
羽舞『すみません、すぐ!』
そう言いながら、再度ボトルに手を伸ばす。
羽舞『っと!…っくっ!も、ちょっと…』
その様子を見て、届かなくて困っていたことに気付いた直斗。
羽舞の後ろからさっと手を伸ばして、ひょいっとボトルを取りあげた。
あ、と小さく声をあげた羽舞の右のお尻をペシっと叩いてワシっと掴む仕草をした。
羽舞は一瞬ビクっとして、慌ててその手からお尻を逃がした。
『届かないなら無理しねーで誰か呼べよ笑』
と言いながら、羽舞が先に用意していたアイスペールやミネラルウォーターボトルのセットと一緒にステンレスの盆に乗せて、りんかと涼の待つ席へと運んでいった。
直斗にはまるで悪気はないが、羽舞にとっては男にしてはあまりに低い身長を揶揄されたのではないか、というモヤモヤした気持ちが拭えなかった。しかも、ケツを揉まれた。
ザワザワする、少し憂鬱な気分になっていた。
その後も続々と客が入ってくる。
常連客に、雑誌を見て飛び込んできた新規客、そしてホストによるキャッチ。
あっという間に店内は満席になっていた。