うぶ
日本最大の歓楽街、歌舞伎町。
街には煌々とネオンが光る。
そんな夜の街の至る所に、若い男性ばかり、数人から十数人でひとかたまりになったグループがたむろしている。
これはこの空間ではお洒落、と言うべきか。
そこそこ値の張りそうなカジュアルなスーツに派手めのアクセサリー、茶色や金色に染めた髪、パーマをあてた髪、肩を超えるほど伸ばした髪、彼らのほとんどはいわゆる『チャラい』身なりをしている。
そして、道行く女性に次々に声を掛けていく。
『何してるのー?』
『どっか行くとこ決まってる?』
『1時間だけうち来ない?』
『○○円で飲み放題だよ!』
『電話番号教えてよー』
もちろん皆が足を止めるわけもなく、無視、無視、無視。中には罵声を浴びせる女性もいる。
『うざっ!ブサイクに興味ないし!』
『消えろ!』
女『はぁ?店どこ?』
男『すぐそこの、ブラックムーンって店だよ。』
『全然知らない!ザコ店のくせに私キャッチするとか良い度胸じゃん?私の彼氏、ロミオのナンバー1なんだけど?チクっとくから!』
よく分からない上から目線を爆発させて去っていく若い女。
男は黙ってその後ろ姿を見送ると元いたグループの輪に戻り、今のやりとりを伝えて爆笑している。
A『いや、アホすぎっすね、大手のナンバーワンがお前みてーなデブスとマジで付き合うかっての』
B『色恋営業に騙されてるカモじゃん笑』
C『多分これから、お前何勝手にホストのキャッチと会話してんの?っつって浮気認定されて、罰としてドンペリとか入れさせられるんじゃね?笑』
B『ありうる、ありうる笑』
気を使った身なりとは裏腹に下品な笑い声で既に姿の見えなくなった件の女性を嘲る男達。
媚びを売り、騙し騙され、貶し貶され…
なにも珍しいことはない、夜中の歌舞伎町で見られる日常の光景だ。
そんな街角の一角にたむろする20人弱のグループの中に彼はいた。
羽舞
店ではそう名乗っている。
20歳。
彼が所属しているのは、
stylishClubSAMRAI
多くの店がひしめく歌舞伎町にあって、そこそこ知名度の高いホストクラブだ。
羽舞が入店したのは3カ月前。
毎日のように体験入店の新人は来るとはいえ、最初の1か月が続く人数となるとそうもいかず、この店ではまだまだ新人、といったところ。
周りのホスト達より一回り小さく、小柄で華奢な身体つきの彼は、先輩ホスト達にも可愛がられていた。
成人しているにも関わらずどことなく丸みのあるその雰囲気は18歳のホストよりも幼く見えた。
その何となく『可愛い』そんな雰囲気をみて、
彼の面接を担当したこの店の代表、一色誠也が、彼を名付けた。
誠也『きみ、【おぼこい】からなぁ。あんまり強そうな名前は似合わなそう。よし、ウブ!だな。』
1カ月後、漢字を当て『うぶ』改め『羽舞』となった。