五話 受け継いだ者5-5
人の形は確かに成している。しかし、それには下半身がないのだ。
腕で上半身を持ち上げるようにして立っている。風もないのに、乱れた長い髪が意思を持っているかのように畝っていた。
顔は俯いていて見えなかった。
(あの子が、平井さんを……?)
華子が思った瞬間、俯いていた顔がバッと上がった。
「⁉」
蒼白い肌に血走った目がギョロリとしていた。口角は上がり切り、まるで口が裂けているかのように見える。
その薄い唇は微かに動いている。
カエシテェ……
華子の肌が粟立つ。
カエシテェ、アシィ……アタシノアシィ……
少女からはっきりと聞こえた呪いの言葉。声は擦れ、まるで老婆のようだった。
華子は息苦しさを覚えた。
テケテケ……
それは、こちらへと――いや、瑠奈がいる検査室へと向かって動き始めた。
恐怖に支配されそうな思考と震える唇を必死で動かす。
「駄目……」
「えっ?」
「こっち、来ないで」
一点を見詰め呟いた華子に、瑠奈の両親が同時に視線を向けた。
「どうかしたの?」
母親の方が、華子に尋ねた。
「あ、あれが……」
「えっ? あれ?」
「なんだ?」
「見えないんですか……?」
「見えない? 何がだね?」
今度は華子が驚いて二人を見る。
瑠奈の母親が、不安そうに華子を見ていた。
「何かあったの?」
「え……?」
またそれがいた方向へ目を向ければ、もう何もいなかった。
しかし、いた気配はまだ残っている。
(どこへ行ったの?)
捜さなくては――
(そこに平井さんもいるかもしれない!)
粟立つ肌は、まだ治まっていない。体も震えたままだ。
じっとりと汗が額と背中に滲む。
でも、体の芯は冷え切っている気がした。
それでも、捜さなければいけない。
(でも、どこへ行けば……)
華子は、耳にこびりついた呪いの言葉を振り払おうと首を横に振った。
ハナ、あたしを想っていて……
不意に、聞こえた気がした。
「あそこに行けば……」
瑠奈の両親は顔を見合わせていた。
しかし、それを気にしている暇はない。
急がなければならない。
あれは、瑠奈を次の標的にしているのだ。
だから、ここへ来た。
「すみません、平井さんを捜しに行かないと……!」
「えっ?」
「娘はそこに……」
検査室へ視線を向ける瑠奈の父親の言葉を最後まで聞かず、華子はまた走り出した。
あそこへ行けば、瑠奈の居場所が分かるはずだ。
それだけではない。
彼女がなんとかしてくれる。
(花子が……きっと!)
華子は、真っ直ぐにそこへと足を向けた。
華子が、彼女と――トイレの花子さんと出会った場所へと。




