五話 受け継いだ者5-4
「まあ、とにかく、大事には至らずに済んでよかった」
唖然としている華子に、父親が怪訝な顔をした。
「誰だね? この子は?」
「ちょっ……橘さんは、瑠奈の同級生で、ここまで一緒に付き添ってくれたのよ」
母親の言葉に、少しだけ表情を柔らかくした父親は、「ああ、そうだったのか」と素早く頭を下げた。
「それは失礼した。娘が迷惑をかけて、申し訳なかったね」
「迷惑なんて思っていません」
「え?」
「わたし、今回のことを迷惑なんて思っていません」
父親だけでなく、母親も華子の言葉に驚いたようだった。何を言っているのだと言う表情でもあったが、さっきまでやっとの思いで話していた少女が、急にはっきりと否定したことに驚きを隠せなかったのだろう。
父親はふっと鼻で笑った。
「いや、親としてはだね、子どものこうした面倒に巻き込んでしまった方へは謝るもんなんだよ」
華子は納得がいかなかった。
しかし、これ以上何かを言っても無駄のような気もしたから、小さく「すみません」と言い、礼をした。
父親は満足げに「いいや、いいんだよ」と言った。
何がいいのだろうか。
華子にはやはり分からなかった。
と、周りが急に慌ただしい空気に包まれた。検査室からガタガタと機材なのか、人の動きなのか音がする。
説明をしていた看護士も呼ばれ、「ちょっとお待ちください」と言って、行ってしまった。そのまま瑠奈がいる検査室へ入っていった。
母親がまた蒼い顔をした。
「瑠奈……瑠奈……」
譫言のように呟き、ふらふらと検査室の方へ歩く妻の腕を、夫がおろおろしながら掴んだ。
「お、おい……大丈夫と言ったじゃないか。倒れただけだと……」
「あなたは本当に何も聞いてないのね……本当に……」
「なんなんだ⁉ 瑠奈は、本当に大丈夫なのか⁉」
瑠奈の両親が、娘のいる部屋を見て狼狽している。
華子も検査室へ目を向けようとした――その時だ。
テケテケ……
「え……?」
検査室の音よりも、微かなもののはずだ。
しかし、それはまるで耳の真横で聞こえたような気もした。
華子は、恐る恐る音がし方向へ視線を向ける。
薄暗い廊下の向こうで、非常口の誘導灯が光っている。規則的に並ぶ蛍光灯が、なぜかチカチカと点滅している。薄暗く感じるのはそのせいだ。
陰影が移り変わる。
さっきまで誰もいなかったはずの――
「……だ、れ?」
廊下の奥に、見える。
感じる。刺さるような気配だ。
チカチカと点滅を繰り返す蛍光灯の下にそれは立っている。
いや、立っているというのは違う気がした。
「ッ……」
華子は息を呑む。




