五話 受け継いだ者5-2
直感のまま走り続ければ、電車の通過音が聞こえていた。
もう少し行けば、人垣が見えた。
近付けば徐々に大きくなる大勢の話し声と、それを制する大声。忙しなく動く足音が聞こえた。
「下がってください! はい、そこ下がって!」
先ほどのパトカーに乗っていた警官なのだろうか。声を張り上げて、押し寄せる人達を必死に制している。
救急車も止まっている。隊員がテキパキと動いていた。
だが、肝心の中央が見えない。
声が重なり、一つの音のようだ。
「通り魔じゃない?」
「えぇ、やだぁ……」
「最近、多いわねぇ」
「この前の犯人かしら?」
「真っ二つにはなってねぇな」
「これ投稿したら、炎上?」
「やめなよぉ」
「犯人、女だって噂じゃん」
爪先立ちをして見ている男性、予想を言い合う中年の女性達、中心にスマホを向けている女子高生や大学生達が華子の前に壁を作っている。
(まだ残ってる……!)
薄れてはいるが、ここでさっきまで二つの気が存在していたのだろう。ピリピリと肌に感じるのは、それまでそれらが激しく衝突していたからだ。
(何が……えっ?)
一瞬だけ、救急隊員達が押すストレッチャーが見えた――
「平井さん……⁉」
乗せられていたのは、クラスメイトの平井瑠奈だ。
華子は詰めかけている野次馬を無我夢中に掻き分け、大声で制している警官の前まで辿り着いた。髪の毛も制服も、ぐちゃぐちゃのよれよれになってしまったが、華子は気にしなかった。
目の前で運ばれていくのは、やはり瑠奈だった。
「平井さん! 平井さん……⁉」
必死になって呼びかける華子に、警官が気付いた。
「君、あの子のお友達かい?」
「えっ……え、っと、クラスメイトです。同じ学校で……その、大丈夫なんですか⁉ 平井さんは、大丈夫なの⁉」
警官は一瞬だけ考え、「ちょっと待ってて」と言って、救急隊員に話しかけた。
彼らは二言三言言葉を交わし、華子をちらりと見た。
「君、お友達に付き添ってあげて」
「いいんですか⁉」
「ほら、はやく!」
今度は野次馬からじろじろと視線を向けられた。
また周りの声が、一つの音のようになる。
だが、華子はそれを振り払うかのように、瑠奈と共に救急車に乗り込んだ。
揺られる車内で、華子は青褪めた顔でぐったりと目を閉じている瑠奈を見詰めた。
生気が感じられない。
不安に押し潰されそうで、さっき得られなかった答えを再度問う。
「平井さんは、大丈夫なんですか?」
救急隊員は険しい顔をしていたが、何度か頷いた。
「大きな怪我はありません」
それには、華子も漸くホッとした。
が、隊員の表情は険しいままだ。
安堵は瞬く間に萎んでしまう。
隊員が「手を握っていてあげてください」と瑠奈の手を丁寧にシーツから出した。
(信じるしかない。大丈夫、平井さんは大丈夫)
華子は、恐る恐るではあったが、そっと瑠奈の手を握った。走ったせいで体温が上がっている華子とは対照的に、瑠奈の手は冷たかった。
華子はさらに強く、両手で温めるように握った。
(まるで、ここにいないみたい)
怪我はなく、呼吸こそしっかりしているが、瑠奈の意識はここではないどこかへ行ってしまっている。華子はそう思った。




