五話 受け継いだ者5-1
胸騒ぎがする。
脈が全身を震わせ、手が思うように動かない。
お茶を淹れる手を止め、華子は深呼吸をした。
(なんだろう……こんなにドキドキするなんて……)
「ハナちゃん? どうかしたの?」
「えっ?」
隣でお皿を洗っていた美優紀が、心配そうに華子を見詰めていた。
「具合でも悪い?」
華子が答えに迷っていると、遠くから救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきた。
華子と美優紀は、条件反射的に音のする窓の方へ視線を動かす。
「そういえば、昨日怖い事件があったみたいね……」
美優紀の呟くようなそれに、華子の鼓動が再び大きく跳ねる。
(な、に?)
嫌な予感はこれまでにもよくあったが、それらよりも強い。
「どこに行くんだろ?」
興味津々に直也が窓を開けた。
「ちょっと、直。エアコンの冷気が逃げちゃうから、窓を開けないで」
美優紀が、少し恐い顔で注意した。
サイレンの音がさらに大きく聞こえる。
華子の素肌が粟立った。
(この感じ……!)
窓から流れ込む風が、微かに狂気と神気を運んできた。
(どうしてどっちも感じるんだろう?)
漂うそれらに、不安は膨らみ続ける。
(嫌な気だけじゃない……この胸騒ぎは何?)
気付けば、華子は帰り支度を始めていた。
その様子に、直也が寂しそうな顔をする。
「ハナ姉ちゃん、もう帰っちゃうの? まだお茶飲んでないよ?」
「う、うん。ごめんね、ちょっと用事を思い出しちゃって……」
美優紀も困惑したようにキッチンから出てきた。
「ハナちゃん、また……何か、感じたの?」
思わず目を伏せた華子だったが、正直に小さく頷いた。
美優紀自身は見えない側だが、息子の直也も彼女自身も、日常ではあり得ない体験をしている。それだけではなく、美優紀の夫も見える側だから、彼女も順応力と察する力が高いのだろう。
華子の肩に、温かい掌が置かれる。
「行っちゃだめ、……って言っても、無駄かしら?」
また正直に頷く。
華子の答えに、美優紀が小さく息を吐いた。
「家に帰ったら、連絡してね。いつでも、待ってる」
華子は顔を上げ、深く頷いた。
「必ず、連絡します」
「うん、気を付けて」
直也の手が、華子の腕に触れる。
「ハナ姉ちゃん」
「直君、またね」
「うん」
直也も、また大きく頷いた。
華子はスクールバッグを手に、家とは反対の道を走り出した。
(もうかなり薄まってるけど、本当に嫌な者がいた感じがする)
肌に触る空気という空気が、まるで針のように刺々しかった。
夕食時の香りに混ざる異臭もあった。恐らくこれは、見えない人間には感じられないだろう。
(一体、何がこの町に来たの?)




