五話 受け継いだ者4-4
どれほど歩いただろうか。
いつもならすでに帰宅できている時間だが、瑠奈はまだ線路沿いにいた。
辺りは暗くなり始めていた。一定の距離で並ぶ街灯が、仄かに辺りを照らし出す。
家々からは夕飯の匂いが漂い始めていた。
快速の電車が、轟音を響かせながら勢い良く通り過ぎていく。
「……うるさ」
そう言ったところで何にもならないが、つい口から出た。
通り過ぎたと思えばまた次の電車が通る。帰宅時間だからか、電車の通過音はなかなか途切れなかった。
(あたし、何やってんだろ……?)
うるさいと言ったものの、なぜかじっとそれを見ていた瑠奈だったが、さすがに帰ろうと踵を返した。
「え……?」
視界の端に、黒い塊が映った。
さっきまでは、確かに周りには誰もいなかったはずだ。
改めて、その方向へ目をやれば、数十メートルは離れているだろうか、やはりそれはいる。
髪の長い少女のようだった。
しかし、それがただの少女ではないことは、瑠奈にもすぐに分かった。
(えっ⁉ か、……下半身がないッ……!)
それには、腰から足がなく、腕で立ち上がっていた。
上はセーラー服なのだろうか。しかし、それも腹の辺りで引き千切られたように布地が破れ、何かが垂れ下がっている。
それは、しかも腕を使ってこちらへ向かってくる。
テケテケ……
掌が、アスファルトに当たる音が聞こえる。
「ッ……うそ……」
幽霊やお化けといったものはいない。存在しない。いるはずがない。
信じない――
瑠奈は頭の中でそれを呪文のように繰り返した。
が、目の前にいるそれは、明らかに生きている人間ではなかった。
テケテケテケテケ……
数十メートルという距離が、あっという間に縮まる。
恐怖のあまり、瑠奈は動けなかった。
その間にもどんどん近付いてくる。それの表情も見える距離だった。
顔は色白を通り越し真っ青だが目は血走り、口はまるで裂けたかのように大きく、にたりとした笑みを浮かべていた。
そして、その口は時折何かを呟いている。
カエシテェ……アタシノアシィ……
それが耳の奥にハッキリと聞こえた瞬間、瑠奈はハッとした。
(だッ……ダメ……! 足がなくなったら、ダンスが……!)
恐怖より逃げなくては、という思いに駆られ、瑠奈はそれに背を向けた。
が、足が絡まり、体勢を大きく崩してしまった。
丸めた背に、殺意のある風が通り過ぎた。
さっきよりも死の恐怖が全身を駆け巡った。
恐らくだが、体勢を崩していなければ、すべてが終わっていただろう。
暑いはずなのに、震えが止まらない。
「ぃ……いや……」
奮い立ったはずの勇気はあっという間に奪われ、完全に腰が抜けてしまった。
立てない瑠奈を嘲笑うかのように、それは一歩一歩と近付いてくる。
テケ、テケ、テケ、テケ……
それはまるで嗤い声のようでもあった。
(なんでよ……なんでこんな目に遭わなくちゃいけないのよ……?)
瑠奈は現実から逃避するために、理由を考えていた。
(これは呪い……? あいつの呪いなの?)
テケ、とそれが止まった。
視界に、赤黒く汚れて爪が伸び切った指と擦り傷だらけの手の甲が映った。それは、ぼやけていた。
「ぃや……ゆるして……」
右手がゆっくりと瑠奈に迫ってくる。
鋭い爪がギチギチと音を立て、鎌のように変化していく。
「い、……や、いやいやいやぁ……」
泣き叫んでも、誰も助けてくれない。分かっているのに、瑠奈はそうせざるを得なかった。
乾いた口の中に、涙と鼻水が入り込んでくる。
アタシノ、アシィ……ヤット……!
振り下ろされる鋭利な爪を、瑠奈はぼやける視界に見ていた。




