五話 受け継いだ者1
夏は過ぎ去ろうとしているが、頬に当たる風はまだまだ昼間の暑さを含んで生温く、午後七時にしては陽もまだ落ち切っていない。
部活後に部室で友達とお喋りをしていたら、あっという間に時間が経っていた。
顧問の先生に、『おまえら、まだいたのか?』と若干呆れられ、帰るよう促された。
部室で散々お喋りしたように思っていたが、帰り道でも尽きることはなかった。好きな人のこと、部活のこと、ムカつく教師のこと、美味しいタピオカジュースのお店のこと、人気のあるメイク動画や動画配信者のこと、SNSやテレビタレントのゴシップのことなど、話題は次から次へと会話を弾ませる。
「でねぇ、あのマスカラ買ってみたんだけどさぁ、全然ダメ!」
「なぁんだ。嘘なんじゃん」
「あっ、今度さ、テレビでやってた新しいお店行ってみない?」
「SNS映えするってやつでしょ? あれ、ヤバいよね!」
「あの、誰だっけ? この前、不倫して炎上した……あの人も、できた時に行ったみたいだよ」
「マジ? てか、あの人、好きだったのになぁ」
変わらない面子で、毎日違う話題を話す。それだけで、日々が楽しいと思えた。
「あっ、あたし、今日はちょっと買い物しなきゃいけないから、こっちなんだ。じゃあ、また明日!」
友達が「また明日ねぇ」「宿題、忘れんなよ」と手を振っていた。
手を振り返し、普段は渡らない歩道橋を上る。
階段を上がる度に額から汗がじわじわと滲む。
さっきまで陽が照らしていたが、急に薄暗くなった気がした。近くの街頭からの灯りはあるが、足元は自分の影もあり見え辛く、踏み外さないように注意した。
下では、踏切の警報機がひっきりなしに鳴っている。通勤時間帯は開かずの踏切と呼ばれているにも関わらず、人通りはあまり多くなく、古くはあるが歩道橋もあるため、不便という声はあまり聞かない。線路を挟んで、同じような商店があるため、行き来をする必要性もそれほどないからだろう。
普段ならば、この歩道橋を歩くことはない。
ただ、線路の向こう側にある百円ショップに用があったのだ。歩道橋を渡らなくてもあるのだが、欲しい商品がなかった。
たったそれだけの理由だった。
階段を上り切り、歩道橋の真ん中まで来た時だった。
その音は聞こえてきた。
テケテケ……
背後からだった。
裸足で歩いているようなその微かな音は、しかし警報機や電車の通過するそれよりも耳に残る。
足を止めた。
テケテケテケ……
なぜかは分からない。が、寒気が下から這い上がってきた。
さっきまで暑さから流れていた汗が冷えていく。
テケテケ……テケテケ……
それは確実にこちらへと近付いてくる。
(なに……?)
振り向きたくない。が、近付いてくる者の正体がものすごく気になってしまった。
恐る恐る振り返る。
――と、そこにはいたのは、髪の長い少女のようだった。
「……え?」
しかし、その姿の異様さに気付き、恐怖が全身を駆け巡った。
少女には下半身がない。腕で自らの体を支え、こちらへと向かってきていたのだ。
テケテケという音は、掌で歩いているそれだった。
「ひッ……!」
声にならない悲鳴を上げた。
(逃げなきゃ!)
駆け出そうとするも、恐怖から足が縺れ、転んだ。
「ぃッ……」
立ち上がらなければ、と腕に力を入れる。
が、右側からガシャンッガシャンッとフェンスが大きく揺れる音がした。
「え……?」
目の前に、腕があった。
視線を上げれば、黒い何かの切れ端が垂れ下がっていた。
「……ぃや……」
視線が合った。
薄暗い中でも分かる濁った目が、嗤っていた。
アタシノアシ、カエシテェ……
断末魔と何かが捩じ切れる音が、再び下りる遮断器の警報機に掻き消されたのだった。




