四話 呼ぶ山8-5
さっきとは違う白い手が、華子の頬に伸びる。体温はもちろんなく、触れられている感覚はない。しかし、確かに頬を撫でてくれている。安心する掌だった。
焦点が合えば、青白い顔をさらに白くした花子がそこにいた。
(花子のこんな顔……初めて見た)
突然、おぞましい呻き声がして、華子と花子は声の方へ顔を向けた。
白い者が、ユウカの手によって完全に鳥居から引っ張り出されていた。
『何故だ……何故、邪魔をするのだ?』
『お主の心中も察しておる。が、そのやり方には賛同し兼ねる』
力はユウカの方が上なのか、引っ張り出された白い者を御しながら彼は語りかける。
『我らと彼らの住む処は違うのなのだよ。お主も判っておるだろう』
『例え違ったとしても、抱える想いは同じ……悲しいのだ。皆、悲しく、辛く、寂しいのだ……』
白い面が、弱々しく華子に向けられる。そこには、先ほどの黒い穴はなく、のっぺりとした表面に戻っていた。しかし、華子には、痛みを堪えている表情が見えた気がした。
『山の子ども達が、寂しがっている……我の中で、泣きじゃくっている』
小さく白い子どもらが、どこからともなく鳥居の中に再びわらわらと集まってくる。
『大昔に、此処で亡くなった子ども達よ。霊というよりも、もう一種の神様のようになってる』
花子が言った。
『でも、子ども達の孤独は、ずっと母親を求めているみたいね』
美優紀を攫ったのは、彼女を母親代わりにするためだったのか。
『寂しさが寂しさを呼び、人間の都から来た者の心の奥底にある寂しさもまた同調してしまったのだろう。ハナの友人であるあの者も、己も知らぬ寂しさや辛さがあったのやもしれん』
「ねぇ……もう美優紀さんの傍にいっても、いい?」
華子が問えば、花子がユウカを見た。
ユウカが、白い者へ厳しい視線を向ける。と、白い者が集まっている者らに何かを伝えたようだった。
集まっていた子どもらは、草陰に姿を隠した。
華子は、花子とユウカを見る。二人が小さく頷き返した。
背を屈め、恐る恐る鳥居を潜る。此処が、白い者の作った空間との入り口なのだ。
そして、此処を通れる者は、子どもらの母親となれる存在だけ――
華子も、その内の一人だった。
草陰から白い子どもらの視線のようなものは感じた。
寂しい、行かないで、置いて行かないで……
視線と共に刺さる想いがあった。
おかあちゃん……サミシイよ……
別の神であるユウカの作り出した空間まで入り込めたのは、母の愛を強く求めていたからだろう。華子や美優紀の存在もまた、彼らの力をより底上げしてしまっていたのかもしれない。
寂しい気持ちに同調してしまったのだ。
「美優紀さん」
華子は呼びかけながら、美優紀の傍に屈む。
「美優紀さん、しっかり」
「ん……」
目こそ覚まさなかったが、美優紀は小さく唸る。呼吸は穏やかだった。
「よかった」
華子は、心の底からホッとして振り返る。
「あ、れ?」
そこには、花子もユウカも、白い者もいなかった。周りの視線と想いも消えていた。
蝉が鳴いている。
枝葉を擦り抜けた陽射しが、華子の肌と美優紀の頬を照らす。夏の暑さを感じた。
「戻ってきてる……?」
遠くで誰かが呼んでいる声がした。
確かに人の声だ。華子と美優紀を探しているのだろう。
華子は精一杯答える。
「こっちです! こっちにいます!」
汗が滴り落ちた。
微かに風が吹く。
夏の緑が、華子と美優紀を守るようにゆっくりと揺れた。
甘い香りがした気がした。




