四話 呼ぶ山8-3
不意に風が吹いた。
山の風だ。木々の生命と香りを含んだそれは、華子をまるで優しく包むようだった。
(寂しくても、ここなら許してもらえるかな?)
心が、この山の呼び声に揺らいでいる――その時だった。
「え……?」
ぬらり、とそれは現れる。
小さな祠から、白く大きな頭をした者が這い出る。
先ほどの子どものような存在に似ているが、あれらと比べ物にならないほど大きい。
べたり、べたりとそれは赤子のように四つん這いになって、華子へと近付いてくる。
「な……なに?」
華子の言葉に反応してか、ぐわりと顔を向けた。
そこには顔がない。それでも華子を見ているのだ。
白くのっぺりとした中央に、黒い点ができた。それは徐々に大きくなり、気付けば顔と呼べる部分を抉ったような大きな穴となった。
そこから大量の白い腕が伸びる。大きさからすれば、子どもの腕だろうか。
華子へと向かってくる。
妙な感覚だった。怖くはない。ここに来てからずっとそうだ。
普段ならば異形の者を目の前にすれば恐怖が先立つのだが、華子の心は恐怖を一旦置いてしまっている。
(なぜなんだろう?)
白い子どもの腕がこちらへ向かってくる。
何かに縋ろうとしている。あの手は、華子の孤独や不安、悲しみそのもののように思えた。
華子が一層心に寂しさを抱えると、その白い子どもはぐっと大きくなったように見えた。
白い腕の数も増す。
(そうか。あれは人の寂しさを吸っているんだ)
『それだけじゃない』
「え?」
先まで何も言わなかった花子が、不意に口を開いた。
「まっ、またわたしの心を覗いたわね……!」
『覗きたくて覗いてんじゃないわよ。それより、あれはね、人の孤独そのものなの』
「こ、どく?」
勢いまで増し、腕は華子へ伸びる。
手招きしているようにも見えるが、必死で何かを掴もうともしている。
さみしいよ……誰か一緒にいて……
誰か自分を見て……
寂しいんだよ……
今度ははっきりと聞こえてくる感情。
思わず同調しそうになる。
「花子」
華子は、花子を呼んだ。
唯一、華子が友人と呼べる存在。
彼女は、華子へとゆっくり振り向いた。その表情は、優しくあり、しかしどこかとても辛そうだった。
「花子?」
ビキッと大きな音が響いた。
華子がハッとし、音のした方向を見れば、小さな鳥居へ大量の腕が雪崩れ込んでいた。
それらがぬるぬると交わり、一つになっては離れて、鳥居の外へと這い出ようとしている。
「ッ……!」
華子がギョッとした瞬間、まるで栓が外れたように白い腕の濁流が、そこから溢れ出た。
「花子! ねぇ! 花子ったら!」
さっきは一掃してくれた花子が動かない。
(なんで……?)
白い腕の濁流が、華子の体をぐっと掴んだかと思えば、鳥居の方へと引き寄せる。
「ひッ」
纏わり付くそれらは、冷たくも温かくもない不思議な体感だった。
体の内から悪寒が一気に全身に駆け巡る。
(誰かの孤独が流れ込んでくる!)
寂しいという声が、体を刺してくる。




