四話 呼ぶ山6-4
(なっ、なんで……ちょっと真っ直ぐ見られない……!)
男性というものにまだあまり興味のない華子でも、目の前の男の色気に気付けるほどだった。
花子の声が横でする。
『年頃の女の子にはちょっと刺激が強過ぎるわよ、その姿』
『えっ? あ、……すまない。人型の方が話しやすいかと思うて』
涼やかな声が丁寧に詫びた。
『まっ、確かに、大樹のままや、さっきの蛇よりはマシかも』
「えっ?」
華子は驚いて、再び前を向いた。
細い眉をハの字にして、困惑の表情を向けてくる男に、華子はまた顔が火照った。
「あっ、別に! お構いなく!」
自分でもよく分からない言葉を返した華子に、男はしかし安堵の表情へと変えた。
『我は、お主が背にしている大樹の精――人は神とも呼ぶ者』
「かっ、神様⁉ こっ、この樹⁉」
『然様』
すっと華子達の方へ近寄る男は、香りと圧もまた纏っていた。
「ッ……」
『止まって。ハナはまだ貴方に慣れていない』
『おっと、またもや失礼を』
花子の言葉通り、自身を神と告げた男は苦笑し、立ち止まる。
『人はどのような挨拶を?』
『大体、最初に名乗るわね』
「あっ、ごめんなさい! 花子! わたし達の方が名乗ってないじゃない! わたしは、華子って言います。で、……あ、こっちもわたしの親友の花子」
華子が慌てると、花子は片眉を上げた。
『普通、呼んだ方が先でしょ?』
「神様に失礼よ!」
言い合う華子と花子を眺めながら、男は白く長い指を顎に宛がう。
『そうか、名があった方がいいか。うぅむ、そうさな……人に呼ばれることがないのでな、慣れておらずに申し訳ない』
「あっ、いえ……お名前、ないのですか?」
『ああ。先も申したが、呼ぶ者がおらんで。付ける必要性ないのだ。よければ、お主に付けてもらえると』
「へっ⁉ わ、わたしが⁉」
急に神の名を付けるという大役に、華子は仰天してしまった。花子の方を見れば、『いいんじゃない』と軽い返事だ。
(いやいやいやいやっ! 駄目でしょ? わたしなんかが……)
『お主だから、付けてほしいのだ』
「え……」
男から再度優しく頼まれ、華子は戸惑いながらも振り返る。
がっしりとした幹から天へと伸びていく枝。葉はよく見ると羽のようだ。白い花は、線香花火のように美しい。
そんな何百年もここに聳えている大樹に付ける名――
華子はそれから男を見た。
見た目は色白で穏やかだが、隠しきれない山を見守り続けてきた風格に気圧されそうになる。香りに惑わされそうになる。
だが、やはり優しいのだ。
「ユウカ……はどうかな? あっ、いえ、どうでしょう?」
『そう構えなくてもいい』
切れ長の目が、柔らかく微笑む。
『ユウカ、か。良い響きだ。気に入った。なぁ? 花子さん』
『ええ、とても良いと思うわ、ユウカ』
視線を交わし合う花子とユウカに、華子は首を傾げる。
「……二人は、知り合いなの?」
『いいや』
声が重なり、華子はますます分からなくなった。
「えっ? じゃあ、どうしてそんなに親しいの?」
『これは親しいと見えるのか?』
『生きている人間にはそうかもね。ハナ、確かにあたし達は初対面なんだけど、さっきも言ったように境界線は曖昧だから、時々呼び合うことがあるのよ』
「呼び合う?」
そういえば、花子は最初に言っていた。
呼ばれた――と。
呼んだ主は、ユウカということなのだろうか。




