四話 呼ぶ山6-2
華子にも珍しくはっきりとは見えない、白んだその存在。人型のようでいて、違う生物のようでもある。それは恐らく自分がそう想像しているからに過ぎないのだ、と華子は思った。
大樹の神様は、蛇のような姿になり、華子を自らの根元へと導いた。
「あ、ありがとうございます」
戸惑いながらも礼を告げ、根元に腰を下ろせば、さっきまで感じていた緊張が瞬時に解れていった。
「はぁ……落ち着く」
華子が幹に背を預ければ、温かく大きな腕にゆっくりと抱かれた気持ちになった。
瞼が落ちていく。
睡眠不足で、慣れないドライブに、美優紀がいなくなる事件が発生して、異様な空気を放つ森の中と入り込み、体力と気力は華子が思っているよりも限界だった。
(だ、だめ……眠っちゃ……)
そう思えば思うほど、意識は徐々に沈んでいく。
夏の強い陽射しを、大樹の枝葉が緩和し、華子へと届けていた。
さわさわとした風が頬と耳元を通り過ぎ――
(えっ……? なんて?)
華子は、ハッとした。
「…………え?」
目を開ければ、そこは深い森の中だった。
華子の頭のはるか上で絡み合う枝葉の間から差し込む白い光が、光の雨となって苔生した根や湿った地を照らしている。
「ここは……?」
先ほども確かに森の中だった。しかし、全く違うのだ。
また仄かに香る甘い匂いに、華子は大樹を振り返る。その樹は変わらず、そこに堂々と聳えていた。
しかし、やはり違う。
先は緑色の実を付けていた枝が、今は線香花火のような白く小さな花を咲かせている。
風に吹かれると、細い花びらがひらり、またひらりと散っていく。
「綺麗……」
まるで夏の雪のようだ。
「ちょっと、寒いかも」
目からの情報だけではない。
湿り気のある空気は、涼しいというよりもひんやりと冷たい。夏とは到底思えなかった。
肌が露出している両腕を自ら抱きながら、華子は立ち上がる。
「あれ? 花子? ねぇ……花子!」
花子の気配がせず、不安になった華子は大声で呼んだ。
「花子!」
一歩踏み出そうとしたところで、不意に気配が戻ってくる。
『あっ、ごめんごめん。ちょっと入り口迷ってさ』
緑と白と茶の世界に、赤いワンピースが揺れた。
華子は思わず大きく息を吐いた。
「もう……独りになっちゃったかと思ったじゃん」
『ごめんって。でも、ちゃんとあたしが言ったこと、憶えてたのね』
あたしのこと、強く想っていて――
それは、花子の手を握っていることと同じ。
憶えていたというよりは、無意識だった。
花子が傍にいない。それが、途轍もなく怖かった。
(やっぱり、花子に頼り切ってるなぁ)
少し恥ずかしくなり、隠すように華子は「離れないでよ」と口を尖らせた。
花子は、『はいはい』と呆れていた。
「ねぇ、花子。ここは、さっきと違う場所?」
『いいえ。さっきの場所よ』
「え? でも、全然雰囲気が違う……」
『ハナは、いつも同じようなことを体験してるじゃない』
苦笑する花子に、華子は首を傾げる。
「どういうこと?」
『あんたねぇ……いつもあたしの小学校に忍び込んでるでしょうが』
「ん? あっ、あぁ、あれと同じってこと?」
間の抜けた華子の返事に、花子はますます呆れたように肩を落とした。
『ハナって、ほんと鈍いよね』
「だっ、だって! 神様が創る空間と、花子が創る空間が一って思わないじゃん!」
『失礼ね。あたしも神様も似たようなもんよ』
「それ、あんたの方が失礼だわ!」
本物の大樹の神様の前で大口を叩く花子に、バチが当たるのではないかと、華子は自らを抱いていた両腕をさらにきつくした。




