四話 呼ぶ山6-1
直也と美優紀が釣りをしていた地点から十分ほど歩くと、それほど太くもない丸太二本で作られた橋が架かっていた。
小川は蛇のようにうねり、振り向いても出発した場所は見えない。
『もう引き返したくなった?』
「ちっ、違うわよ。自然の川って、真っ直ぐじゃないんだなぁって」
『当たり前でしょ?』
花子の素っ気ない返しに、華子はムッとする。
「もう! 人がちょっと感動してるのに!」
『感動は、直也のお母さんが見付かってからでもできるじゃない』
「うっ……」
花子の正論に何も言い返せないでいると、『ほら』と橋を渡るよう促された。
一歩踏み出すと、ぎしりと丸太が軋んだ。
「だっ、大丈夫よね?」
『折れて落ちたって、深くないから大丈夫よ』
「濡れるのはいやよ!」
二十三センチの華子の足が並んだだけで、残り幅があまりないほどだ。照の足だとは丁度並ぶか、少しはみ出すくらいだろうか。
一歩進むごとに、ぎしりぎしりと軋みはしているが、留め具はまだ真新しいから、最近架けられた物のようだ。
両手を広げ、バランスを取りながら、華子はやっとのことで渡り切った。
「ふぅ~……」
『そんなに橋の長さもなかったのに、大袈裟ね』
「だったら自分で渡ってみなさいよ!」
『ほら? 幽霊に足はないから』
「足もしっかり見えてるわよ!」
いつものやり取りに、花子はクスっと笑ったが、目の前に広がる森を見ると、顔付きを変えた。
『この先は、本来生きている人間の立ち入る場所じゃない』
「ッ……」
せっかく美優紀を助けると決意したのに、花子の言葉にたじろいでしまう。
『いい? あたしのこと、強く想っていて』
それはきっと、生きている人間同士の手を繋いでいて、という意味なのだろうと華子は思った。
大きく頷くと、花子は不敵に笑った。
『いきましょ』
花子の言葉に背を押され、僅かに開いた木々の合間に踏み入った。
森を歩く。
緑は色を変えるのだと、花子ははじめて知った。濃く匂い立つ葉に、心地良さよりも緊張感の方が強くなる。
木漏れ日は影を作り、影は闇を形成していた。
地面を覆う枝葉と太い幹、そして地に隆起した根が、まるで侵入者を拒むようにぐらぐらと揺れて見えた。
いや、実際に揺れているのは、華子の視界だ。
徐々に高まる緊張に、若干の酸欠を起こしているのだろう。
『ハナ、休む?』
花子の心配そうな声が聞こえた。
だが、華子は無理に笑った。
「だ、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ」
『じゃ、休みましょ』
「ちょっ、ちょっと! っ……」
花子には、お見通しのようだ。
ふんわりと目の前に赤いワンピースが揺れて、華子は内心安堵したのだった。
しかし、どこで休めばいいのか。
どの樹木も、華子達が近寄ってくることを拒んでいるように見えた。
『この樹は、いいってさ』
「へ?」
華子から少し離れた大樹に、花子が小さな手を翳しながら言った。
「……花子、木と話せるの?」
『あ、この樹は、神様だから』
「…………は?」
唐突に何を言われたのだろう。
華子が理解する前に、大樹から仄かに甘い香りがする。
「あ……」
ふと見上げれば、ギザギザとした大きな葉とたくさんの丸く緑の実が風に吹かれていた。
目線をまた下へ向ければ、蝉の抜け殻が所々にしがみ付いていた。鳴き声はしないが、この樹が生き物を迎えてくれていることを示しているようだった。
(ここから、山へ旅立つのかな?)
華子がそんなことを思っていると、それは現れた。




