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四話 呼ぶ山5-1

 お気に入りのスカートで来なくて本当に良かったと思いながら、小川までの凸凹道を華子は照の背を見ながら走っていた。

 しかし、大人の男性の足について行くのは大変だ。

 時々は照も華子を待ち、振り向いているが、その表情と忙しなく行き先へと向ける視線に、今すぐにでも妻と息子の元へ行きたいという気持ちが見て取れた。

 華子は上がる息でどうにか声を音として出す。


「気にせずッ……行ってください!」

「でもっ……」

『照! 先に行って! あたし達もすぐに追いつく!』


 華子の肩越しにいる花子が叫んだ。


「わっ、分かった!」


 照はそれだけ答えると、踵を返して木々のアーチの中を駆けて行った。それはもう華子が追いつけない速さだった。


『ハナ、少しやす……』

「ダメ! なっ、……直君や、美優紀さんが、……ッ……危ないんでしょ⁉」


 華子が精一杯言えば、花子はそれ以上何も言わなかった。

 緑が横を過ぎ去っていく。

 ドライブの時よりももちろんそれは遅いのだが、どこか目まぐるしいような、ガサガサと周りがまるで蠢いているような気もした。


(さっきまで、あんなに心地良かったのに……)


 豊かな自然が不自然で、歪な綺麗さのようにも思えた。

 そして、ふと気が付く。


(蝉や、鳥の鳴き声がしない?)


 あれだけ風や木々と調和していた生き物の音が、聞こえてこない。

 自分の高ぶる呼吸音と早鐘を打つ鼓動が、緑と不協和音を奏でているのを、華子は耳奥で聞いていた。

 それほど、辺りは静かなのだ。


(怖くない……でも、それが本当に……!)


 アーチの先に巨大な光が見えた。

 水の流れる音が聞こえ始めていた。


『あそこね』


 花子の低い声が、一瞬だけすべての音を遮った。


 が、それは本当に一瞬だけで――


 凸凹道の終わりは、すぐに川の岸辺になっていた。

 大小様々な石が転がる舗装されていない川縁に、直は呆然と佇んでいた。そんな息子を、照は抱き締めて、必死に呼びかけている。


「直? おいっ、直⁉」


 釣り竿が傍に落ちて、先が水に晒されていた。

 流れる水音が、やけに耳に残る。

 照の呼び声よりも、風が木々を撫ぜるそれが華子の鼓膜を震わせている。


(なんで……こんなに……)


 普通ならば、自然から零れる音は、人の心に安らぎや癒しを与えるものだ。

 しかし、今華子に響くそれらは、何かが違った。心が落ち着かない。

 さらさらと流れる水音が、なぜか手招きのようにも思う。


(美優紀さんは、どこ?)


 華子は、辺りを見回した。

 美優紀が持っていたトートバッグが無造作に置かれているだけで、持ち主の姿はどこにもない。


「直君? ねぇ、美優紀さんは……お母さんはどこへ行ったの?」


 照に呼ばれても、華子が声をかけても、直也はただ一点だけを見詰めて、何かを囁いている。

 でも、何を言っているのかはっきりと聞こえない。


『行かなきゃ、駄目かしらね』

「え?」


 花子も、直也が見詰める方向を凝視していた。

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