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四話 呼ぶ山4-2

 最近、直也は華子のことばかりだった。

 何かをする度に、最初に出てくる言葉は、華子と一緒がいい、華子にあげたい、華子と遊んだ、と。

 どこかで、華子に息子を取られた気持ちになっていたのかもしれない。

 息子が、久々に母親の自分を一番に見てくれたことに、美優紀は心の奥底でホッとしていた。


(やだわ……私、ハナちゃんに嫉妬してたの?)


 自分の中にあった暗い嫉妬心に、美優紀は微かに動揺した。

 初めは、息子を助けてくれた少女で大切なお客様という存在だった、中学二年生の少女。

 しかし、美優紀は、素直で明るい華子に人として安心感を抱きつつも、彼女が常に何かを隠したがっていることに興味が湧いたのだ。

 今では、年の離れた友人とも思っている。

 それに、華子の姿に、かつての照を見たのかもしれない。


 直也が、華子に懐いている理由も、もしかしたら同じ――


「お父さんとハナ姉ちゃん、おそいね」

「えっ?」


 直也の素朴で、少し寂しそうな疑問に、美優紀は我に返った。


「そ、そうね。でも、もうすぐ来るわよ、きっと」


 息子と二人きりのこの時間をどこかで邪魔されたくないと思いつつも、やはり自分も寂しいのだと美優紀は気付いた。

 直也は、釣った魚をバケツに入れ、再び針にブドウ虫を引っ掛けて、水面に向けて竿を振った。

 ぽちゃんと、雫が跳ね、またさらさらとそれらを呑み込んでいく。

 美優紀は、フッと気が抜けた。

 息子がいて、夫がいて、大学時代の友人がいて、ママ友がいて、両親も健在で――いつの間にか、華子という歳の離れた友人ができた。

 家族で住む家がある。忙しない毎日だけれど、今は楽しい休日を過ごせている。

 満たされていると思っていた。

 しかし、なぜだろうか。

 さらさらと光が流れていくような水面を見ていると、満たされている時がただの喧噪で、突き放されたような感覚に陥った。


(なんでかしら? 急に……心細いような気がしてきたわ……)


 優しい木漏れ日に包まれれば包まれるほど、満たされているはずなのに、心の影がちらつくようだった。


「ッ……耳鳴り?」


 生き物の声が、遠ざかっていく。だが、鼓膜の奥から高い音が迫ってくるような感覚がした。

 目の前では枝葉が何かの腕のように揺れている。

 すべてが、まるで大きな生命体のように動いている気がした。

 鳥も蝉も、生き物の鼓動も、音のすべてが混ざり合ったような感覚がする。

 耳鳴りがする。


 いや――


(誰か……呼んでる?)


 音がひとつになっていく。

 辺りが混同し、曖昧になっていくのに、美優紀の意識は研ぎ澄まされていく。

 耳の奥に響くそれは、声のようだ。


(なに? なんて言ってるの?)


 緑の中に、光の影がちらついている。



 こっちへおいでよ……



 とても優しい声が、美優紀を呼んだ。


「……」


 美優紀の唇が、微かに動く。



 おいで……



 光の影が、美優紀を覆った。

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