四話 呼ぶ山2-1
背中に若干の重みを感じながらお手洗いから出れば、美優紀が待っていてくれていた。
「すいません、お待たせしてしまって……」
「いいのよ。それより、ごめんね、気付かなくて」
「えっ?」
「具合が悪そうに見えたって……照さんが言ってたから」
華子はそれにドキッとした。顔には出さないように気を付けていたつもりだった。
(迷惑をかけたら、嫌われちゃう)
「ほんと、私達の前で我慢はしなくていいからね。お手洗いのことだけじゃなくて、いろいろと」
美優紀はゆっくり微笑んだ。
さっき浮かんだ怖れが徐々に薄れ、華子の心に美優紀の笑みが陽射しのように染み渡る。
「ありがとうございます」
優しさで涙が出そうになることがあることを、華子は最近知った。
溢れ出しそうになる塩辛い雫を喉の奥でぐっと堪え、お礼を告げると、美優紀の後ろから直也が走ってきた。
「ハナ姉ちゃん! はい!」
「え?」
ふわっと香る揚げパンが、華子の目の前に差し出された。
その瞬間、背後から嬉々とした、華子にだけ聞こえる声。
『うわぁ! これが有名な揚げパン⁉ 食べてみたいなぁ!』
(ちょっ、ちょっと花子! 耳元で……!)
『あ、ごめんごめん。あぁ、ほんと良い香り』
自分の肩越しで目をキラキラさせる花子に、華子の怒る気は失せてしまった。
(ほんとは、なんでここにいるのか訊きたいんだけど……ま、後でいっか)
いろいろと疑問は残っているが、花子が子どものように喜んでいる――それが、華子にとっても嬉しかった。
(それに、やっぱ花子が近くにいてくれると、心強いし……ん?)
不意に視線を感じた。
相変わらず、揚げパンに夢中の花子から視線を感じる方向へ目をやれば、そこには目を丸くした照がいた。
華子をじっと見ている――というよりも、華子の肩辺りを凝視している。
花子もそれに気付いたらしく、視線を上げて、自分に視線を向ける者へとその大きな黒い瞳を向けた。
そして、とても優しく微笑んだ。
(え……? どういうこと?)
華子の中で、また疑問が浮かんだ。
後でいいと思っていたけれど、今すぐ訊きたい。
でも、どっちに訊けばいいのだろうか。
華子が内心で困惑していると、再び直也が現実に戻してくれる。
「ハナ姉ちゃん? 食べないの? お腹いっぱい?」
「へっ? あ、いや、食べるよ! ありがとう!」
華子と直也が揚げパンを頬張る姿を、美優紀は微笑ましそうに写真に納める。
「あ……」
華子は一瞬不安に思った。
自分が写ると、必ずと言っていいほど、心霊写真になるからだ。それに、今は背後に友人を抱えている。
『えぇ……橘と一緒のチームなんだけど……』
『やだぁ……入らないでほしいよね……』
クラスメイトと写真を撮らなければならない時のみんなの冷ややかな目と言葉は、華子にとってどんな刃物よりも鋭かった。一緒に写るだけでなく、撮る側でも引き寄せてしまうため、いつの間にか、思い出に誰かと写真を撮るという行為は、華子の中で選択肢から消えていた。学校行事はもちろん、今では家族との写真もなるべく撮らない。




