三話 音楽室のピアノ15(三話完)
子ども達の声と息遣いで賑わう昼間の学校は、夜になると不気味なほど静かで、僅かな音ですら闇に変に反響する。
そんな夜の学校イメージは、ピアノの中でついさっき崩れ去った。
ほんの数十分前まで、華子と霖之助が此処にいて、人間対学校のお化け達の本気かくれんぼ大会だった。
人間側が鬼で、ピアノ含めお化け達が隠れる側だ。
お化けの中には姿を消せる者もいるが、そこは天然お化け探知機華子の能力があるから問題ない。が、逆にそれは強過ぎるため、お化けが不利だとルールが設けられた。
見付ける間に、華子と霖之助のどちらかが悲鳴を上げたらお手付きとなり、お化けは一度逃れることができる。例えば、音楽室でピアノが見付かったとしても、華子か霖之助のどちらかを自分が驚かせば、一度見逃してもらえて、再度隠れるチャンスをもらえるというルールだ。
最初の内は霖之助に『任せといて!』と意気揚々だった華子だったが、彼女は自身の性格を失念していた。
華子は、物凄く驚き屋さんだった。
見付けるのは確かに上手い。僅かな気配も察知されてしまう。
が、背後からピアノが『わぁ』とたどたどしく驚かしただけでも、絶叫するほどだった。
制限時間一時間の内、前半三十分は華子の悲鳴祭りだったが、後半霖之助が作戦を変えた。
華子が察知したら、あまり驚かない霖之助が見付ける役を引き受け、見る見るお化け仲間は見付かってしまった。ピアノも残念ながらラスト五分で見付かった。発表会の時よりも悔しかったかもしれない。
最後まで残ったのは、ピアノに背を向け佇む赤いワンピースの少女――
見た目の年齢は、ピアノよりも二歳くらい下だ。しかし、ピアノよりも此処では何十年も先輩になる。
そして、此処では彼女――トイレの花子さんが秩序を守っている。
彼女はどうして、『トイレの花子さん』という存在なのだろう。
そういう自分も、しばらくすると完全に戸塚沙理奈という名前が記憶から消え、ピアノという存在になるのだろう。
その時は哀しいのだろうか。それとも、寂しくなるのだろうか。
でも、後悔はないのだろうと思う。したところでどうにもできない。
屋上に佇む赤いワンピースの少女の背後を見詰め、ピアノは思っていた。
花子が少し振り返る。
『楽しかったぁ。ハナったら、ほんと慣れないから面白いのよねぇ』
満面の笑みは、年相応の女の子なのに、それは彼女の本性をただ隠す仮面のかもとも思ってしまう。
ピアノも笑う。
『ハナは、いつから此処に?』
『小四からよ。ハナはこの小学の卒業生なの。でも、彼女は物心ついた時からあたし達みたいな存在が見えていたはずだから、慣れてもよさそうだけど、毎回初心を忘れないからおかしくって』
ピアノが『そうなんだ』と答えると、花子は少女らしい笑みを苦笑に変えた。
『まだ慣れない?』
『えっ?』
『あたし達の世界』
『……分からない。もう何十年もこの姿だったような気がするし、数分のような気もする』
ピアノの正直な答えに、花子は苦笑を深くした。
『慣れなくていいわ。長くいるもんじゃない。引退したくなったら、いつでも言って。遠慮はいらない』
『でも、花子さんはずっと此処にいるんでしょ?』
『まあ、ずっとと言えば、ずっとかな』
『これからも?』
『さあ、あたしはどうかしら? 分からないわ』
ピアノは驚いた。
彼女はずっと此処にいるものだと思っていた。
だが、分からない、と。
『次に引き継がないといけないからさ』
優しい苦笑に、一滴の闇が広がった気がした。
引き継ぐ――それは。
『ッ……』
半透明なピアノの体、いや魂に刻まれた記憶が疼く。
アシ……アタシノアシ……
花子の顔を見る。そこに答えはなかった。
『ピアノ、行きましょ』
揺れる赤いワンピースが、闇を吸って、まるで実体があるかのように見えたのだった。
~三話完~




