三話 音楽室のピアノ14-1
沙理奈が話し終える。透けているせいもあり、沙理奈の顔色は全く分からないが、彼女の感じた恐怖は、空間に深い闇を落としていた。
はなこは剣呑な表情を崩さなかった。反対に、華子は怯え切った様子だった。
「は、花子……上半身だけの女の子って……?」
『ハナ、しばらくは夕方から線路や歩道橋の付近に近付かないこと』
「あぁ、やっぱりですかぁ!」
泣きそうな顔で頭を抱えた華子は、ハッと我に返ったようだった。
横にいる霖之助は、華子のそんな様子を見詰めていた。
「あっ、えっ……えっ⁉ ちょっと待って! 冷静になったら、今ここに吾妻君がいることがまずおかしいよね⁉」
『あんたのどこが冷静なのよ、ハナ』
「冷静になれるわけないでしょ!」
さっきの闇が一瞬にして吹き飛ばされる。
『さっきと言ってることが違うじゃないのよ! まっ、途中からピアノちゃんに取り憑かれていたから、現状に混乱するのは分かるけどさ』
『本当にごめんなさい。ハナ、さん』
「あっ、ハナでいいよ。沙理奈ちゃんって呼んでいい?」
霖之助は、驚いた。
(橘、こんなに積極的に人に話しかけるんだ。あ、いや……戸塚はもう人じゃないのか……)
沙理奈も、華子の反応に戸惑っていたが、静かに首を横に振った。
『花子さんがさっき呼んでくれた、ピアノでお願いします』
「分かった。ピアノちゃん、よろしくね」
と、言ったところで、華子は再び慌てふためいた。
「って! のんびり自己紹介してる場合じゃない! あ、吾妻君、なんでここに?」
「なんでって、……えっと……」
訊かれたところで、正直に答え難い。
偶々だったが、華子の後ろ姿が見えて、追いかけてきた――と。
『ったく、相変わらず忙しないわね、ハナは。少年が此処に入れた理由は、あたしもイマイチ分かんないけど、ピアノちゃんの少年への気持ちが強かったのかもね。普段だったら、ハナが入ってくる時、他の人間は入れないようにしているからさ』
「あ、そういうこと」
(あ、そうだったんだ……)
納得している華子の横で、霖之助は自分の意志でない可能性を挙げられ、正直腑に落ちなかった。
だって、ここへ入ってきた理由は、やはり華子が――
『今はそういうことにしておきなさいな』
「え?」
不意に頭の中へ流れ込んできた声に、霖之助は驚いた。
声の主を見やれば、微かに口端を上げられ、終わりだった。
「てか、吾妻君にも花子が見えるし、声が聞こえる……?」
『言ったでしょ? ハナが入ってくる時だけ、ここは特別な空間なの。それに、この少年とも波長は合っちゃうみたいね』
「波長?」
『第六感が強いからってすべてが見えるわけじゃないのよ。波長が合わなきゃ、意味はないの。ハナみたいに、強いし、合うし、だと大変だけどね』
「うぅ……」
項垂れる華子に、はなこは『まあ、あたしからしたら完璧だけど』と笑った。
『そういえば、今さらだけど自己紹介がまだだった。あたしは、花子。説明はいる?』
「い、いや……あの、花子さん、だよな?」
花子は、『ええ。やっぱあたしって有名人』と嬉しそうに笑った。
『君は?』
「あ、はい。吾妻霖之助です」
霖之助が名乗れば、花子の視線がこちらを頭の天辺から爪先までを一度往復した。
その後、ここのボスである少女は、ふふっと笑みを浮かべた。




