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三話 音楽室のピアノ11-1

 一体、この小学校はどうなっているというのだ。

 霖之助は、廊下をこれでもかというほど疾走していた。

 黒い影が目の前に突如現れたかと思えば、次は耳障りな笑い声が背後から聞こえてきた。

 驚いて振り返れば、なんと人体模型が猛ダッシュでこちらへ向かってくるではないか。


(嘘だろ⁉)


 まさに学校の怪談――


 普段、あまり感情を表に出さないと皆から言われている霖之助も、さすがに狼狽して、階段を駆け上がり、目についた教室へ逃げ込んだ。

 教室の扉を勢い良く、しかし音を立てないように閉め、霖之助は隅に身を寄せた。

 息が上がって、肺が痛い。体力があるとはいえ、訳の分からない現象に混乱もし、慣れない場所で走ればこうなるのだと知った。

 暑いはずなのに、汗がすぐに冷えていく。


「……どうしよ……?」


 思わず声が漏れたことに、両手で慌てて口を塞いだ。

 少しだけ手が震えていた。


(あ……こわい……)


 気付いた瞬間、恐怖が体を駆け巡ったと同時に、情けなくもなった。


(橘、大丈夫かな?)


 男の自分がこんな風では、先に一人入っていった華子はどうなる。

 華子は、目に見えないものが見えると聞いた。

 もしかしたら、ここにいる何かを見て、入ったのかもしれない。

 よく悪霊が見える体質の人間に取り憑き、悪さをするとテレビやアニメなどで見たことがある。本当にそうなら、助けなければいけない。


(でも、俺にできることがあるのか……?)


 霖之助は、首を横に振る。

 華子ならば、きっとそんなことを考える前に行動している。

 霖之助は知っていた。

 あれから一年も経っていないが、彼女は憶えていないかもしれない。


 一年の時、霖之助は同じクラスの男子達にちょっとした嫌がらせを受けていた。『ちょっとした嫌がらせ』と思えるのは、過ぎたことで、今全く何もされていないからだろう。

 どうして嫌がらせの標的になったのか、霖之助自身はよく分からない。『ノリが悪い』や『カッコつけるな』と言われ、知らない間にノートや教科書にも書かれていたから、それが主な原因なのだろうと思う。でも、やはりよく分からなかった。

 毎日理由も分からずに文句を言われ続け、ついには嫌がらせをしてくる男子達に校舎の裏に呼び出された。別に行かなくても良かったのだが、彼らがなぜ自分に嫌がらせをするのか明確な理由を聞きたかったのもあり、霖之助はその場所へ向かった。

 相手は四人だった。


『俺、何かした?』


 知らない間に不快にさせたのかもしれない。

 そんな霖之助に、そこにいた男子達は、侮蔑を込めた『こいつ、ほんとムカつく』『立場分かってねぇな』という言葉と苛立ちを含んだ笑いを放った。

 ただ聞いただけで、なんでこんな思いをしなければならいのだろう。

 肩を強く押され、『なんだかムカつく』『何考えてるか分からないから気持ち悪い』と言われ続けた。

 心が麻痺していた。

 急に顔に鈍痛が走り、体が傾いた。地面に尻餅をついた時、頬を殴られたことに気付いたのだ。


『何か言い返してみろよぉ』


 何を言っても無駄だ。

 霖之助は直感で分かった。ならば、黙って殴られていた方がまだいいような気もした。

 何も言わない霖之助が腹立たしかったのか、男子達がまた腕を振り上げた時だ。



『後ろに何か憑いてるわよ』



 凛とした声音で、しかし意味がよく分からない言葉が霖之助の耳に届いた。

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