三話 音楽室のピアノ10
親友が、薄っすらと笑みを浮かべた。最近あまり見なかったが、それが彼女本来の顔だ。
この学校の夜の主――トイレの花子さんは、ふわりと赤いワンピースを揺らした。
華子は不安になった。
「どしたの?」
『ハナを追ってきたのよ』
「えっ⁉ だ、誰が……」
ふっと浮かんだのは、直也だった。
「まさか、直君?」
華子の答えに、この小学校の主は小さく首を振った。
『もう一人いるでしょうが』
「えっ? 誰?」
不安が募る。
自分のせいで、変なことに巻き込んでしまうのではないか。
華子の表情に、花子がふっと息を吐いた。それは、華子の親友の顔だった。
『あっちが勝手に入ってきたんだから、ハナが気にするこたぁないわよ』
「でっ、でも……!」
『あたしも、油断してた。まさか、このピアノまで聴こえちゃうとはね』
音色が響く。
これは、やはり霊感がない人に聴こえないのだろうか。
華子の胸の奥が、どうしてかちくりと痛む。
(な……なんだろう? ちょっと苦しい気がする……)
『呼ばれたのかしらね……』
花子は、そう言った後、にやりと笑う。
『久々のお客様だから、おもてなししてあげましょうか』
「ちょっ、ちょっと!」
すぅっと踵を返した花子の後を、華子は慌てて追いかけた。
その間も、ピアノの音色は夜の校内に響いていた。
(あれ……さっきより……)
『みんなぁ! 集合! 歓迎会よぉ!』
「もう! 花子!」
音色に浸っている暇はなかった。
見えない何かが、蠢いている。耳元で、ざわざわと音が流れていった。
でも、嫌な感じはしない。寧ろ、遠足に行く前の子ども達のようなワクワク感に近い。
(どうしよう)
花子達が待ちに待った生贄は、華子の知り合いだ。
『心配しない心配しない。ちょぉっと驚かすだけだから』
「心配するわぁ!」
ワクワクしているお化け達には悪いが、どうにかしなければ――
来テ……
不意に寒気が走った。
優しく、楽しそうだった音色が変わっていく。
(ピアノ……)
声がまた聞こえた。
コッチよ……
ワイワイと賑わっている花子達の声が、遠く聞こえていた。
(花子……ちょっと……)
手を伸ばそうとしたが、体が言うことを効かない。
コッチへキテ……
声とピアノの音色が、だんだんと華子の体に染み渡ってくる。
しかし、不思議と怖い感覚はなかった。
(あぁ……行かなきゃ……彼が来てるもの……)
誰かの心が、自分の中に広がっていく。
華子の意識は、ゆっくりと自分から離れていった。




