三話 音楽室のピアノ7
霖之助の体調が戻った時には、雨が止んでいた。が、部活も終わっていた。
先月は足首を痛め、休みがちだったから、これ以上休むわけにはいかない。
せっかく勝ち取ったレギュラーを奪われたくなかった。
保健室から出ると、雲の隙間から藍色の空が覗いていた。まだ少しだけ明るく、夏特有のじっとりした暑さが纏わり付く。
(集中しないと……)
ピアノをしていた時、こんな風に途中で何かを考えることなどなかった。
でも、今は――
(集中って、どうやるんだっけ?)
先月、突然訪れたキッカケから、ずっと頭から離れない存在。
自分とはかけ離れた彼女を目で追うごとに、自分の中で膨らんでいくある想いがあった。
話しかけたい。どうすれば自然に話せるのだろうか。
(ホームルーム終わってから、他の女子達がなんかしてたな……)
もしかすると、これ以上自分が関わることで、彼女を苦しめるのではないか。そんな不安に駆られる。
それに対して何か自分ができるかと言われると、自信がない。
――話しかけたいのに、自分が情けない。
気付けば、昇降口に来ていた。
生徒の「おはよ」と「またね」が行き交う場所。今も、横で女子生徒達が「また明日ね」と手を振り合っている。
(ここで、はじめて話しかけたんだよな)
その時は雨だった。
傘を忘れずに持ち、昇降口を出て、校庭の隅を横切る。サッカー部ももういなかった。
さっき謙が「一緒に帰ろうぜ」と言ってくれたが、まだ体調が悪いと断った。少しがっかりしたような後ろ姿に、罪悪感が湧いた。が、彼はきっとまた明日も同じことを言うのだろうと、霖之助はどこかで安心していた。
見上げた空は、僅かに明るかった。まだ茜色が残っている。
まだ梅雨は明けていないが、夏はすぐそこにいるようだ。
不意に、視界の隅に見えたそれが見え、霖之助は珍しく慌ててそちらに視線を移した。
「えっ……今、確かに……」
見えた――赤い服。
いや、あれは服だったのか。
なぜ服だと思ったのだろう。
それが人だったからか――
そこまで思って、霖之助は頭を振った。
(さっきの衝撃がそんなに酷かったのか?)
しかし、視界に在りもしないものが映るほどだったとは思えない。
「こんな風なのかな? みんなが見えないものが見えるって」
霖之助は呟き、歩き出す。
どこかで、彼女と擦れ違わないかと心の隅で望みながら――




