三話 音楽室のピアノ4
午後の空は、朝よりも泣き出しそうだった。
梅雨の晴れ間も、そろそろ見たいと思うが、じめっとした鬱陶しい空気も、今はそこまで感じない。
六限目の授業の終業チャイムが鳴り、華子はワクワクした気持ちで帰りの準備を始めた。
(電車で郊外のアスレチックっていうのがいいかなぁ? プールの方が好きかな?)
小学三年生が喜ぶ遊び場は、どんな所だろうか。
自分が小学三年生の時を思い出そうとすると、記憶が朧気で、なかなか思い出せない。ただ楽しい思い出がないだけなのかもしれない。
(ううん……あったはずなのに……)
『ねぇ! ハナ! 花火したいね!』
ふと、浮かんだ――友人の楽しそうな声。
幽霊って、花火できるの?
できないから、言ってんじゃない。ねぇ、やってよ!
だっ、だめだよ! ここでしたら、火事になっちゃう。
えぇ……ちょっとくらいいいじゃん。
ちょっとって……
あの頃はまだどこか遠慮していたと、華子は苦笑しながら思い出す。心底ガッカリした友人の顔に、悪いことをしてしまったような気分になった。
(かといって、花火は今だってできないけど……)
でも、その後、好きな花火の色を話した。夏空に咲く大きな花火と儚い線香花火。誰かとわいわい楽しむことなどしたことがない二人は、時間を忘れて話した。
まるで、本当に花火をしているかのような感覚だった。
(花子ともお出かけできればいいのにな)
そんなことは永遠にできないのに、時々彼女が幽霊だと忘れそうになる。
チャイムが鳴り、我に返れば、周りがガタガタと席を立っていた。
これから掃除当番の者、部活へ行く者、帰る者、友達とおしゃべりを楽しむ者とそれぞれが移動し始める。
華子もそそくさと荷物を持ち、約束のために席を立った。
振り返った瞬間――
「あ……」
なぜか斜め後ろの席の霖之助と目が合う。彼もまた、「あ」とした顔をした。
どこか気まずさが華子の心の内に湧いた。
何があったというわけではないのに、華子の中の何かが霖之助と距離を置こうとしている。
華子は慌てて目を逸らし、教室を出た。
せっかく憧れの存在と少しだけ近付けたような気がしていたのに――
廊下に出た華子の肩に、何かが当たった。
「?」
驚いてまた振り向けば、数人の女子が廊下側の窓から出していた顔を引っ込めた。
(あ……また、かな?)
床に、丸められた紙が落ちている。
拾わないという選択肢もあったのに、どうせ捨てるのだからと拾った。
そして、丸められたそれを開く。
「やっぱり……てか、名前の字違うし」
中に書かれた言葉は、想像していたそれだった。
調子に乗るな 花子さん
慣れてしまっていたはずの言葉の刃と、どこからか聞こえてくるクスクスという笑い声は、それでも華子の心を切り付けたのだった。




