二話 呪縛4-2(二話完)
『儂の町も……否、儂は既に要らぬ者』
花子の頬を、尖った指先が掠めた。傷はできるが、血は飛ばない。しかし、花子は気にしなかった。
『動かされたことが憎い? それとも、忘れさられたことが哀しい?』
『儂は唯――』
またギチギチと音を立て、花子に向かう複数の腕。
しかし、どれほど強力な攻撃でも、小学校の屋上の床が抜けることはなかった。
今この空間は、特別だ。それに老人は気付く。
『お嬢ちゃん、まさか……』
闇夜にも浮かび上がる真っ赤なワンピースが、老人の手前でひらりと揺れる。
『くっ……腕が、絡まって……』
『我武者羅に動かしちゃ駄目よ? 特にすばしっこい奴相手にはね』
花子は、老人の絡まった腕に腰を下ろして、無邪気に笑った。頬の傷はすでに治っていた。
『さっき何を言いかけていたの?』
老人から漂う異質な雰囲気が、少しだけ和らいだ。
『……儂は何故此処に……』
それには後悔が滲み出ていた。
『あなたは神よ。やはり、ご自身の役割を判ってらっしゃるのよ』
『本当に口が達者な』
『お嬢ちゃんじゃない』
花子が険を含んだ言い方をすれば、やっと老人はふっと笑った。
『誰でも構わぬと思っていたのに』
空から雲が流れ始める。雨が徐々に小雨となっていった。
人々はまたゲリラ豪雨だと思っているだろう。
『何故、このようなことに……』
花子はただ聞いていた。
それだけが、今自分ができることだと知っているからだ。
『あの子は、時を過ごしているのだろうか?』
隣の神は、花子に目を向けた。
『儂はただ、それだけが……』
伸びた腕が徐々に消えていく。
花子は、そっと床に下りた。
隣の町の名もなき神は、気が抜けたように、猫背の老人の風貌に戻っていた。それが本来の姿なのかは、花子も知らない。
『花子、お主が此処の守り主なのだろう?』
突然の自分への問いにも、花子は肩を竦めただけだった。
『隠されておいでか』
『そういうつもりはないだけ。あたしは、あたしの掟で動いてる。そう思っているだけかもしれないけど』
『此処がそうさせているのか』
『そうかもね。あたしは、引き継いだだけだから』
老人は、屋上から町を見回した。
この小学校は、町の中心に位置している。例え、高層マンションが建とうとも、それは変わりない。
そして、花子はここに縛られている――
『此処の主は、儂に立ち去れと?』
『あなたが此処の掟に従うなら、あたしは何もしないわ』
花子は、町を見た。
老人が哀しそうな目で見詰めた。自分の居場所を。
『まだ名乗っておらなんだ。儂は、門の神……否、もう神ではないか』
『じゃあ、門さんで。名は、必要よ』
『それも此処の掟、か。儂は負けた。此処の主に、従おう』
花子に頭を下げ、門は消えた。
花子はそれを横目に見て、また町全体に視線を移した。
『……主、か。ほんと、そんなつもりないんだけど』
どんなに時が流れても、花子の中に渦巻くものは変わらない。
それを鎮めるために、自分はただ動いている。
もう二度と、過ちを犯さないために――
空には、また星が瞬いていた。無限にも思える星が、いつか消える日が来るのだろうか。
そんな自分を、誰かが嗤った気がした。自分の声のようで、違う気もした。
『まるで、呪縛ねぇ』
自嘲気味に言った花子の言葉を、町は静かに呑み込んでいったのだった。
~二話完~




