二話 呪縛4-1
花子は、小学校の屋上から町を眺めていた。
かつてはこの町で最も高かったここも、今では周りのマンションやビルに埋もれてしまった。
が、花子はここから見る町が一番好きだった。
誰も彼もが敵だったこの小学校という建物の内が、今や自分の居場所であり、守る場所となっている。
花子はふっと笑った。
『お嬢ちゃん、何か面白いことでも?』
『ええ、起ることすべてが面白いわ』
しわがれた声に、花子は振り返る。
『でも、あたしはお嬢ちゃんじゃない。あたしは、花子よ。ご理解いただけたかしら? 隣町の神様』
そこには細い枯れ木のような背を丸め、白く長い髭を蓄えた老人が無表情に立っていた。
『ふぅむ。花子、お主がここの?』
『いえ、あたしはただの小学校のお化け。でも、やらなきゃなんない時もあってね』
老人――隣町の神は、やはり無表情だった。
が、目の奥に宿すどろりとした光を、花子は見逃さなかった。
『儂は動きとうなかった』
『そうでしょうね。本来ならば、あなたは此処にいる者ではない』
『無知なる者らの所為で』
隣町の神から、徐々に立ち上る禍々しい気。これが、他の霊やお化けが怯えている理由だろうか。
花子は、間合いを取りながらも、目の前の神に集中する。
『儂がこれまでどれほどあの地を守ってきたも知らぬ者らめ……』
『そうでしょうね』
花子は淡々と老人に応えた。
呑み込まれてはいけない。
それは、常に花子の内側にある心情で、信念だった。
過去がどうであれ、今の自分が『あたし』だ。
『此処も儂に立ち去れと?』
『此処には此処の掟がある。だから、この地に据えられた神は何もしない。ほら、触る何とかに祟りなしってね。神同士でもそうなのね』
花子は無邪気に笑って見せる。
が、相手は全く違った。
『花子、しかしお主は違うようだが?』
『あなたが此処になにもしなければ、あたしだって』
『口が達者なお嬢ちゃんのようじゃのぉ』
空が曇り始める。まるで龍の腹のような雲だ。
『……だから、お嬢じゃないってば』
夜の町が、さらに暗くなっていく。
が、闇に落ちる町を、突如巨大な稲光が照らす。盛大に轟いたそれは、町のどこかに落ちたようだった。
『まさに、神の怒り……ね』
『今更後悔したのか?』
ギチギチと耳障りな音がする。
隣町の神から、枝のような細い腕が何本も伸びていた。
それらが花子へと不規則に向かってくる。
花子はそれらを華麗に避けながらも、面倒臭さは感じていた。
『当たる相手が違うんじゃない?』
『この際誰でも構わぬ』
老人のように掠れていた声は、今や地響きのように辺りを揺らした。
天候はさらに荒れる。稲光が数本また落ちる。
人々の不安が、湿った空気と混じり、地上からゆらゆらと沸き立っているようだった。
滝のような雨が、町を叩く。
もちろん、屋上にも――だが、花子も老人も濡れはしなかった。




