一話 呪われた彫刻11-3(一話完)
シャーペンを取り出した霖之助は、数字を丸付ける。
「あっ、これね。これは、ここをこうする」
「あぁなるほど!」
「じゃあ、こっちやってみよ」
「さっきのと同じ?」
「同じ同じ」
「こうするんだよね?」
「そうそう」
「あ、できた」
「できんじゃん」
そんな会話を繰り返していたら、数学のプリントはあっという間にできた。
「できた」
「橘、数学できんじゃん」
霖之助が笑い、華子もぎこちないが笑顔になる。
「吾妻君の教え方が上手いから」
「斉藤先生、ちょっとはやいよな?」
斉藤は数学の教員だ。せっかちなのか、話し方も授業の進め方も、少し速かった。
「俺、国語苦手」
「国語、面白いじゃん。何が嫌?」
「何が嫌? 嫌か……これはどういう気持ちで、っていう問題が嫌。書いてあるけどさ、他にも何か考えてたり、思ってたりするじゃん、絶対」
「確かに。これも、そうじゃない? っていう時あるよね? 動作とかもそれらしいことあって、ひっかけかと思うよね。わたしはそれが面白けど」
「問題だったら答えはあるけど、結局全部読めば、答えが一つじゃないのが苦手。読書感想文とか嫌だし」
「白黒ハッキリしてれば、いいのにね……すべて」
「ああ」
クラスメイトとの会話は、新鮮だった。
自分が中学生なのだと、華子は実感した。当たり前なのだけども、話すことがなければ、今自分がどこにいるのか分からなくなることがあるのだ。
と、ドアが開いた。
「あら、こんにちは」
母親がニヤニヤしながら、病室に入ってきた。
華子は急に恥ずかしくなった。
それは、霖之助もそうだったようで、仄かに頬が赤くする。
「あっ、すいません。こんにちは」
「いいのよ、ゆっくりしていって」
「い、いえ。そろそろ……」
霖之助は立ち上がり、小さく礼をした。それから、華子に向いた。
「橘、来週には学校来れる?」
「うん、行くよ」
明日は金曜で、退院はするが、学校には行けそうにない。せっかく一緒にやった宿題も、提出が遅くなってしまうだろう。
でも、来週は必ず行く。独りぼっちでも、学校に行く選択を華子はしている。
華子が言えば、俯き加減だったが笑った。
「じゃあ、また来週」
「うん」
また来週。
クラスメイトから言われた、はじめての「また」だった。
霖之助が帰れば、母親がまた意地悪そうな顔をした。
「イケメン君ねぇ」
いろいろと聞きたいらしい母親に背を向けて、華子は布団に包まった。
余韻に浸っていたかった。
また、と言ってもらえたこと。そして、それを憧れていた存在からだったことに、夢でも見ているような気分だった。
(わたし、さっきまで話していたんだよね? 吾妻君と……)
じわじわと溢れる、恥ずかしさと喜び。
これはきっと大変な目にあったご褒美だ。
だから、巻き込まれた直也にも、これからいっぱい良いことがあるに違いない。
そして、花子にも――
瞼が重たくなった。
体の疲れは、まだ完全に取れていないようだ。
気付けば、華子は夢の中だった。
呪われた夢は、見なかった。
~一話完~




