一話 呪われた彫刻11-1
華子が目を覚ましたのは、翌日の午後だった。
病院のベッドの上で、点滴に繋がれていた。
緩慢に横を向けば、母親がいた。心配そうな顔で、華子を見詰めていた。
「気分はどう?」
ゆっくりと伸ばされた手が、額に当てられる。そのまま華子の髪の毛を梳くように、母親は頭を撫でる。
幼い頃、熱を出したら、いつもこうしてくれた。
心からホッとする瞬間だった。
「熱はもうないみたいね」
「……仕事、は?」
母親に問う声は、掠れていた。
母はゆっくり首を横に振った。
「休んだ」
「でも、忙しいんじゃ……」
「大切な娘を蔑ろにしてまでする仕事なんてないわよ」
きっぱりと言った母の目は、少しだけ揺れていた。
華子も泣きたくなった。
急に怖くなった。張っていた気が緩んだ。
母親はまるで分かっているかのように、小さく頷いた。それだけで良かった。
不意に、病室のドアが開いた。
「華子お姉ちゃん!」
その声に、華子は慌てて涙を拭いた。
直也がベッドに駆け寄ってくる。
「華子お姉ちゃん、大丈夫?」
顔を覗き込んでくる直也の顔色は、昨日よりも良く、元気そうだった。
(わたしの方が倒れちゃったんだ……)
助けるつもりで、自分が倒れるなんて格好悪い。
恥ずかしさで布団に潜り込みたいと思った華子に、もう一つかかる声があった。
「この度は、本当にありがとうございました」
直也に続き、彼の母親がお見舞いの果物を持って入ってきたのだ。
華子の母が、直也の母親に向き直り、礼をした。
「こちらこそ、お気遣いいただいて、ありがとうございます。直也君の体調は?」
「もうすっかり良くなったみたいで。お姉ちゃんのお見舞いに行くって、朝からずっと言っていたんですよ」
そこから母同士の会話だった。
華子はぼうっとそれを聞いていたが、内容はあまり頭に入ってこなかった。
まだ体は疲れているようだ。
「お姉ちゃん、ごめんね」
ずっと華子を見ていた直也が言った。
「ぼくがお姉ちゃんに言わなかったら……」
「いいの。それに、わたしが助けたわけじゃないから」
華子は微笑んだつもりだったが、実際は分からなかった。表情筋もうまく動かない。
情けなくなった。
直也の方が大変だったのに、自分は――
「華子お姉ちゃん」
そっと、手の甲に温もりが重なった。
「ほんとにありがとう」
つぅっと頬に流れるものがあった。
でも、それはさっきまでの惨めな気持ちからではなかった。
「お礼を言うのは、わたしだよ。直也君、ありがとう」
擦れたままの声だったが、華子はしっかりと紡いだ。
その後の会話はなかったが、直也はずっと手を握ってくれて、病室を出る時には、「またね!」と言った。
華子も、「またね」と手を振った。




