一話 呪われた彫刻10-1
直也の傍に屈んだ華子は、気が気でなかった。
直也の顔色は、先ほどより確かに良い。呼吸も安定している。
後は、意識が戻るだけだ。
雨は相変わらず降っているが、さっきよりは小降りだった。黒い雲も若干薄くなったような気がする。
しかし、まだ呪われた彫刻は妙に脈打ち、赤い液を流していた。
これだけ大騒ぎをしている図工室だが、先生達はだれ一人として気付いていないようだ。恐らく、花子か、他のお化けが特別な術でもかけているのだろう。
今までもそうだった。
何かある度に、花子は普段子ども達を驚かすための力を、守るために使う。
今も、華子や直也を守るために、花子は奮闘している。捻くれた言葉を発しながらも、彼女なら必ず直也を元通りにしてくれるだろうと、華子は信じている。
「明けない夜はないし、止まない雨もないんだから」
終わらないものはない。
どこかで始まったものは、必ずどこかで終わりを迎えるのだ。
呪いも、例外ではない。
「必ず、悲しいことも、苦しいことも、つらいことも、終わるんだから」
華子は祈るように言った。
――と、直也の体から青と赤の渦が立ち上った。
「ひっ⁉」
華子は思わず両腕を顔の前に翳した。
『ふぅ。こっちもなんとか終わった』
「花子!」
華子の横で、青と赤の渦だったものが花子の形を成した。
華子は嬉しさのあまり花子に抱きつこうとしたが、それは空を切った。勢い余って、そのまま床に倒れてしまった。
「ぃっつぅ~……」
そんな華子に、花子は呆れる。
『あんた、何年あたしの友人やってんのよ?』
「だって、……」
『感動の再会は、もう少し待って』
花子の言葉は、まだ硬い。目は、直也に向けられた。
直也からは、黒い靄がまだ立ち上っていた。
「こ、これは……⁉」
『さっきまで直也の中にいた奴ら。直也の生命力の方を強くしたから、取り憑けなくなって出てきたってわけ』
靄が出切ったところを、花子は青い炎で取り囲む。
『あんた達もいい加減あっちへ逝きなさい』
花子が開いた掌をぐっと握れば、黒い靄を取り囲んでいた炎も縮まり、勢い良く燃え盛った。
『ギィ!』
『グガァ……!』
断末魔はやがて消え、辺りは再び雨の音が制する。
が、それも長くなかった。
『なぜだ? なぜだ?』
『どうして?』
『くるしいのに』
『にくいのに』
『邪魔をするのは、なぜだ?』
交互に聞こえてくるその声達は、間違いなく呪われた彫刻からだった。
花子は振り返らなかった。
『いっつも言ってんでしょ? ここのルールがあるって』
『知ったことか。我々は、すべてが憎く、すべてを破壊したいのだ』
『なら、あたしがあんたらをすべて消すまで』
そこでやっと花子は呪われた彫刻に振り返った。
『あんたらがここにいる限り、どんなに時間がかかってもね』
その言葉には、どんな呪術よりも力があるように華子は思えた。
呪われた彫刻は、何も言わず、赤い血のような液も気付けば消えていた。
禍々しい気が薄れていく。
雨の音が勝った。
室内に、湿った風がゆっくりと吹いた。




