一話 呪われた彫刻8-3
『この世に不満たらたらで、ぶっ壊してくれるほどの力を持つ誰かさんを待っていたようだが、残念だったな。あたしの友人は、いろんなことに不満だらけだが、生きていくことを諦めちゃいないんだよ』
花子はそう言って、すぅっと呪われた彫刻に近付いた。
『ちかづくな……』
『いきてない……いきたくない……』
また中から声が溢れる。
それだけではない。
顔という顔から、赤い液体が滲み出てきた。
「ひっ……」
まるで血の涙だった。
次から次へと。歪んだ顔が、さらに歪んでいく。
華子はそれらをただ茫然と眺めていた。
『いやだいやだいやだ』
『いやいやいやいや』
『いきたくない』
花子が溜息を吐いた。
『ここにいたって、苦しいだけなのにね』
花子は哀しそうに呟いた。
が、すぐに同情を消す。
『嫌でも、あっちへ送ってやる』
青白い炎が立ち上る。
それは、彼らを解放するためか、消去するためか。
それが、ここに存在する者にとって良いことなのか。
華子には分からなかった。
(なんだろう……なんでわたしが迷うの?)
――と、彫刻から一体が飛び出し、華子に向かってきた。
「え……」
華子が唖然としていると、それがするりと体の、心の内側に滑り込んできた。
「ッ……ぃ」
『ハナ……⁉』
花子がこちらに勢い良く向き直る。
喉が焼け付く。自分ではない誰かの記憶が、頭名の中を駆け巡った。
女性の、記憶のようだ。
誰からも必要とされず、いつも孤独。声を上げても、助けてくれる者はいなかった。
寂しい……悲しい。つらい。
息が苦しい。
『ハナ! あたしを見て!』
口をパクパクさせながら、華子は花子を見た。
涙と鼻水が出る。喉の奥が痛かった。
「は、はっ……花子……」
『もうっ、どうしてあんたはいっつも……』
「苦しい……寂しいよ……独り、いつも独りで……」
『ハナにはあたしがいるでしょ?』
花子の手が、華子の肩に伸びる。もちろん、そこに体温はない。
しかし、なぜか温もりを感じた。
赤いワンピースを着ているのに、花子から放たれているのは、青い温かさだった。
「花子……?」
『もう、満足でしょ? この子は優しいのよ。あんたにも同調してくれる。あんたと同じように孤独だったから。これで、あんたも独りじゃないわ』
「うっ……っ……」
自分ではない涙が溢れてきた。
ごめんなさい……
心の中で、そう聞こえた。
「あ、……謝らないで……いいよ……」
嗚咽が止まらないが、華子は胸に手を当て、そう言った。
ありがとう
仄かの体の中が熱くなる。
寂しくて、つらく、悲しい涙が、ゆっくりと優しいものへと変わる。
『さっ、これで大丈夫』
「あ、ありがとう……花子」
涙が止まらない。
華子は、細いが力強い腕に、抱き締められたような感覚がしていた。実体はないが、それは花子だと、華子は思った。
『お礼はまだ早いわ。こいつの中にいる奴らは、消えてないんだから。それに――』
花子は、横たわる直也に向く。
『少年の方が厄介か……』
ゆらりと直也が立ち上がった。
そして、こちらを向いた。その顔に血の気はなく、表情もない。虚ろな眼差しの奥は、しかし黒々とした光が灯っているようだった。




