五話 受け継いだ者14-2(五話完)
直也と「いってらっしゃい」を言い合い、別れた。
中学校に着けば、変わらない独りぼっちの時間が待っている。
教室に入れば、誰からも声をかけられることもなく、自分からもかけることは諦めて、華子は席へと向かった。
不意に、掲示板に目が留まる。
立ち止まれば、文化祭の文字が派手に書かれていた。
(そういえば、一か月後だった)
目を通せば、準備の役割分担の班の一覧だった。
華子は、込み上げる憂鬱さをどうにか抑えた。こういった班決めの際、時々名前がない時がある。そこにいないと、本当に忘れられているのだ。
(わたしって、ほんと幽霊みたい)
自嘲気味にフッと笑い、文化祭の出し物と名前を黙読した。
出し物は――
(おっ、お化け屋敷ぃ……⁉)
一番やりたくないことに決まっていて、華子の憂鬱はすでにマックスにまで到達してしまった。
と、心配していた自分の名前があった。
(あ、よかった。忘れられてはいなかったみたい)
しかし、まだ問題がある。
誰と一緒かということだ。
(吾妻君もいる。ちょっと安心かも…………あ)
自分の次に書かれていた名前に、華子は固まってしまった。
橘華子の次に、平井瑠奈とある。
(いつも以上に目立たないようにしないと……)
が、そんな華子の普段を変える声があった。
「お、おはよ」
「えっ?」
驚き過ぎて、ここは違う空間なのかと華子は思った。
それは、周りも同じだったようだった。
瑠奈が、本当にその顔で朝の挨拶を言ったのかというほど怖い顔で華子の傍に立っている。
時が止まってしまったかのように動かない華子やクラスメイトの視線を一斉に受けた瑠奈は、ひとりだけ忙しなく首を左右に動かして喚く。
「なっ、なによ⁉ 挨拶しただけでしょ」
華子の前で、真っ赤な顔をして俯く瑠奈だったが、そこから動く気配はなさそうだった。
そこへ、教室のドアが開き、華子の当たり前に小さな穴を開けた少年の声が、背後からする。
「橘、おはよ」
「あっ……えっとッ……」
掲示物の名前欄通り、二人に前後から挨拶をされることなど、自分には一生訪れない幸せなのだと華子は思っていた。
だが、それは今、この瞬間に――
「お、おはよう! 平井さん! 吾妻君!」
訪れた幸せに飛びつき過ぎて、華子の声は盛大に裏返った。
さらに時が止まる。
華子が、ハッとなる――前に。
ぷっと瑠奈が噴き出す。
「ちょっ……朝からなんて声出してんのよ?」
真っ赤なに怒ったような表情だった瑠奈が、ぎこちなく、しかし柔らかく笑った。
「体はもう大丈夫なの?」
「えっ……うん」
「そっ。えっと、……ありがとね」
その消え入りそうな声に、華子が反応する前に瑠奈は続ける。
「あんた、あたしと同じ班なんだから、足引っ張らないでね」
普段通りの嫌味だったが、どこか口調は穏やかに思えた。
「あ、うん!」
離れていく瑠奈に、華子はまた大きな声で返事をした。
「よかったな、橘」
霖之助が隣に並んだ。
華子は、小さく何度も頷いた。
頬が緩みっぱなしだった。
こんなに嬉しい朝があるなんて知らなかった。
これは伝えなければ――
(今日も会いに行こう)
親友を想う。
それは、変わらない。これからもずっと。
変わることとそうでないことを知った。
霖之助と少し話した華子は、自分の席へとゆっくり着いたのだった。
~五話完~




