五話 受け継いだ者10-3
『チッ……面倒だ。校庭ごと沈めてやるわ』
花子はふわりと浮かび、自らが創った空間の一部を歪ませる。
ビキビキと地面が音を立て、中央に向かって歪んだ。
手をつかなければいけないテケテケにとって、足場を失うことは致命的だろう。
『ぎゃっ……』
花子の思惑通り、背後から微かに悲鳴が聞こえた。
花子がそちらへ振り返ろうとした瞬間、足首をグッと掴まれた。
見れば、テケテケから伸びた右手だ。
『往生際が悪いってぇのは、まさにあんたのことね!』
『ひひひぃ、お互い様よぉ』
花子の足首に、ギリギリとテケテケの爪が食い込んでいく。
『ッ……』
『アシィ……カエセェ……!』
『あんたに返すもんなんて……なんもないわよ!』
花子にも、自身の言葉が強がっているだけのものだと分かっていた。
力が抜けていく感覚がした。
代わりに、思い出したくもない過去が、毒のように花子の思考へ流れ込んでくる。
アンタが悪い……
アンタが此処にいるのが悪い。
アンタさえいなければ……
この化け物……!
ハッとした時には、遅かった。
『ぃッ……!』
花子の右足が、ぶちりと音を立て離れる。
痛みなどない。血も出るはずがない。
しかし、随分前に失ったはずの感覚が、体を支配するようだった。
『こっ……こいつ……!』
『アンタのアシィ……いただきぃ……!』
花子の集中力が切れたせいで、空間の歪みが止まる。
が、それは一瞬で、辺りが再度ぐらぐらと揺れ始めた。
『し……しまった……』
『あぁあ、此処が崩れちゃうねぇ』
不気味な嗤い声が木霊する。
気付けば、花子の体は校庭の真ん中に落ちていた。
『見下ろすっていいもんねぇ』
そして、頭上にはテケテケの満足げな顔と、その右手には花子の脚。
花子の力を一部吸い取ったテケテケは、浮遊する能力を手にしたようだ。
『テケテケって音がしなかったら、あんた、名前変えなきゃね』
『憎まれ口がいつまで続くかなぁ?』
ズンッと体が沈み始める。
此処は花子が創った空間だ。
花子の力が弱まれば、空間は存在を維持できなくなる。
月光が赤く染まる。
いや、あれは、テケテケの赤い口――
『さよぉならぁ。トイレの花子さん……いや、もう、何者でもない存在』
花子の中の名が、薄れていく。
(これは、まずいなぁ)
まだ友達との約束を果たしていないのに。
守れていないのに。
花子の体は、沈んでいく。




