五話 受け継いだ者8-3
アタシノアシィ……
血走った目が、ぎろりと窓から覗いた。そいつは蜘蛛のように、窓に張り付いているのだ。
華子は、やっとそいつの全貌を見た。
ぼさぼさの長い髪に、血の気が全くなく、頬骨が浮き出た顔。しかし、恐らく年齢は高校生くらいだろう。
セーラー服はぼろぼろで、胸元より少し下で引き千切られたように糸や布が揺れている。
いや、揺れているのは、セーラー服の布地だけではない。
華子は、気分が悪くなった。
腰の辺りから下半身がない。そこに収まっていたはずの内臓が、ぶらぶらと見えてしまっている。
「うッ……」
華子も、口元を抑えて、瑠奈の横に蹲った。
カエセェ……アタシノ、アシィ……
病院で聞こえた老婆のような声だった。
華子の頭に激痛が走る。視界がチカチカと点滅したようになり、前がまともに見られない。
「ッ……くぅ……」
窓がガタガタと激しく揺れる音がした。どうやらそいつが開けようとしているらしい。
ついには、バンバンと窓ガラスを叩き始めた。
「ぃやッ……いやぁ……!」
パニックになった瑠奈が、また体を縮めて叫んだ。
華子は、思わず瑠奈を抱き締める。
「だっ、大丈夫! 此処にいれば、あいつは入ってこられないから!」
叩いていたそいつの爪が、徐々に鎌のように変形していくのが見えた。まるで赤黒い月のようだった。
(う、嘘でしょ? 変形するお化けなんているの⁉)
そいつの爪の切っ先と窓ガラスがぶつかり、ギギギギィと不快な音が辺りに響き渡る。
華子と瑠奈は声にならない悲鳴を上げた。
視界の端で、窓ガラスに少しずつ罅が入っていくのが見えた。
(ちょっ……⁉ あり得ない! 此処を壊せるほど力があるってこと⁉)
窓ガラスが限界に達しそうになった瞬間、枝のようなものがそいつの体に巻き付き、そこから引き剥がした。
「えっ?」
不快な音が聞こえなくなり、華子は窓の方へと近寄った。
窓の外に、枯れ木のような老人が浮いていた。老人からは何本も枝のような腕が伸び、そいつを校庭に叩き付けていた。
マタ……ジャマヲ……
苦々しそうにそいつが老人へ向けて言う。
が、老人はそれに答えず、華子へと目を向けた。生きている人間の目ではもちろんない。人間ならば白目の部分が灰色で、黒めの部分が乳白色をしていた。長く白い髭に、扱けた頬が恐ろしくも感じたが、老人が抑えてくれていることは華子にも分かった。
すぐさま瑠奈の傍に戻り、華子は手を差し出した。
「平井さん、行こう!」
「えっ……ちょっ……いやっ、動けない……!」
そういえば、瑠奈は腰を抜かしていた。
さすがに華子ひとりの力では、瑠奈を抱きかかえて移動はできない。本来此処にいるはずの者達も、今は動けないし、手を貸してくれるとしても、実体があるのは人体模型や骨格標本で、恐らく瑠奈が大騒ぎしてしまうだろう。
(ピアノちゃんに平井さんの中に入ってもらうわけにもいかないし……)
何か良い案がないかと、焦りが苛立ちに変わりそうな時だった。
開いていた後ろのドアから声がかかる。




