五話 受け継いだ者8-1
華子は、咳き込みそうになるのを必死で耐えていた。
吐き気が止まらない。
走っているせいだけでない息切れと眩暈が襲ってくる。頭ががんがんと痛む。
空気まで棘のように肌に刺さる。
病院を出てから、誰ともすれ違っていない。
(この感覚……平井さんは、やっぱり別の世界にいるの?)
暗く、人気が全くない町は、不気味だった。
大通りを走る車はないが、信号や街灯はなぜかゆらゆらと点滅していた。
自分の呼吸音だけが、耳の奥でゴォゴォと暴風のように鳴っている。
――と、別の音が聞こえた気がした。
あれが、通る音だ。
見慣れた校門の前で、華子はやっと足を止めた。その向こう側には、何かを堰き止める壁のように小学校が聳えていた。
(この近くにいるってこと?)
ならば、彼女が気付かないわけがない。
裏手にあるフェンスの僅かな隙間を縫って、いつものように忍び込む。
いつもに増して、闇が濃い。
普段忍び込んでいる窓にかけた手が震えていた。
(ダメッ……落ち着け、わたし!)
深呼吸をした後、覚悟を決め、華子は窓を開ける。その音さえも、いつもより大きく聞こえて、華子は一度辺りを見回してしまった。
(そ、そっか、人はいないんだよね)
先生に見つかって怒られる心配はないと分かっていても、窓から侵入した後、忍び足で目的地へと進む。
目的地――それは、三階のトイレの三つ目の個室だ。
そこに、友人はいる。
彼女の気配は確かにしている。
しかし、おかしいのだ。
(あれ……? 他のお化けの気配が、しない?)
全くというわけではなく、呪いの彫刻が此処に来た時と同じく、潜めているようだった。
ならば、やはりあれは、この付近にいるのだろう。
あれがこの付近にいるのならば、瑠奈も此処のどこかにいるはずだ。
見えない者の放つ気は、集中しなくてもすぐに感じることができるが、人の気を探ることに慣れていない。
友人に会う前に、瑠奈と合流しておいた方がいいかもしれない。
華子は、瑠奈を見付けるため、耳と目だけでなく、普段気を感じている部分も集中させた。
(きっと、小学校の中にいる……)
直感は間違っていないはずだ。
二階に差し掛かったところで、普段此処では感じない微かな気を感じた。
でも、教室のどこかまでは分からない。
またざわざわとし始めて、集中力が切れそうになっていた。
(はやく見付けないと)
左右を見る。左側に四年生のクラス、右側には手前に音楽室と奥に理科室がある。
華子はまず左へ向かった。
一番手前の四年三組の教室を静かに開ける。
電灯は点けられないが、やけに明るい月明かりと暗がりに慣れた目のおかけで、中の様子はある程度分かった。机と椅子が整然と並んでいる。月光に伸びた影が、子ども達の描いた動物の絵に重なって、妙な不気味さを醸し出している。
「平井さん? いる?」
小声で教室内へ問いかけたが、返事はない。




