五話 受け継いだ者6-2
確かにいつもと違う道を歩いていたが、知らない場所ではない。
閑静な住宅街に囲まれ、普段ならば帰宅する人々と擦れ違う。
家々から漏れる灯りと夕飯のよい香りに交ざり、子どもの笑い声も聞こえてくる時がある。
しかし、今は普段ならばあるはずのことがないのだ。
まさか、違う道に迷い込んでしまっていたのか。
住宅街の通りは、よく似ている。
「えっと……ここ、どこだろ?」
この歳になって迷子とは、格好悪くて笑えない。
現在地を検索するために、霖之助はスマートフォンの画面を見た。
マップアプリを開き、GPS機能を使おうとしたが、なぜか自分の位置が定まらない。
住所も文字化けしている。
「ここが文字化けすることってある……?」
忙しなく動く青い丸と解読できない文字に、霖之助は首を傾げた。
再度周りを見回す。
家々の窓から漏れる灯りが、ゆらゆらと揺れているように見える。
辺りの音はやはり聞こえない。
いや――
「……電車の、音?」
近くに線路があるのか。
それだけがやけに響いている。
振り向くと、一瞬だけ黒い影が見えた。
それはものすごい速さで通り過ぎたようだった。
その瞬間に、音が聞こえた。電車の音ではない。
テケテケ、と。
電車が通過する音と共に微かだが耳に残るそれは通過し、やがて聞こえなくなった。
辺りに再び静寂が訪れる。
しかし、さっきとは明らかに違った。
「ッ……」
霖之助は、恐怖から震えていた。
何か恐ろしいものが目の前を通過していったのだ、それだけは分かる。
本能が逃げろと警告している。
だが、それは簡単にできないと霖之助は理解した。
此処は、別の世界だ。
彼女達がいる世界へ、霖之助はいつの間にか足を踏み入れてしまっていたらしい。いや、自ら入ったわけではないのかもしれない。
偶々波長が合ってしまったのか、それとも呼ばれてしまったのか。
いずれにせよ、霖之助は自分の力で戻ることはできないと思った。
「あそこに、辿り着けるといいけど」
道の真ん中で立ち止まっていたせいで、辺りはすっかり暗くなってしまったが、幸いなことに、街灯はしっかりと行く道を照らしていた。
さっき通り過ぎた者への恐怖が、一歩を踏み出す勇気を掻き消そうとする。
(こんな時、橘なら迷わず……)
霖之助は腹の底にぐっと力を入れ、歩き出した。




