双子の妹が欲しい僕は影分身を覚えたい
「おーう!NINJA!ジャパニーズヒーロー!」
教室の左端。窓際の一番後ろから2番目。そこが僕、森田拓斗の席だ。
そして右隣に座るのが海外から留学中のアンナ。
今僕達は放課後の教室で忍者もののアニメを見ている。
彼女とはお互いに一人暮らしという事がきっかけで打ち解けた。
両親を亡くした俺とたった1人で日本に来た彼女。
まあ、なんというか2人ともいつも放課後は暇なのだ。
「いつも思うんだけどアンナは忍者が好きなの?」
「はい!トッても!カッコいいよネ!」
「まあね」
彼女は日本の文化に興味を持ち、実際にこの国に来ているだけあって日本語も上手く、僕の知らないような慣用句まで知っていたりする。
「森田サンはNINJAのどこがスキなノ?」
「いや、別に僕は忍者が好きなわけじゃないんだ」
「でも、いっつもNINJAのことばっカリ!ワタシとはあんまりアソンでくれないヨ?」
「ああ、ごめんごめん」
僕は別に忍者が好きなわけでない、にも関わらず毎日毎日こうも忍者のことばかり考えているのは、もっと別の事情がある。
「今から言うこと、誰にも言わないでくれる?」
「ウンっ!わかっタ!」
「僕はね、影分身が使えるようになりたいんだ。影分身が使えれば勉強も捗る。仕事もこなせる。そして何より……」
「何よリ?」
「双子の妹と恋がしたい」
そう。これが俺の夢だ。
軽蔑するだろうか。頭がおかしいと笑われるだろうか。
自分でも普通じゃないことはわかっている。
それでもこの気持ちだけは抑えきれず、忍者の研究をしては放課後に影分身の練習をしているのだ。
「フフっ。変わってるネェ。でも、夢に向かってドリョくするノはイイコと!」
「そうだな」
君がそう一言そう言ってくれるだけで僕の心は救われる。
「よし、今日は反復横跳びの練習するぞ!」
「オおー!」
忍者好きの友達と影分身を使いたい僕。
2人の特訓は今日も続く。
──〇〇〇〇──
私の左隣の席には馬鹿が座っている。
高校に入学してからもう3ヶ月ほど経ったけど奇行は増すばかりだ。
授業中も昼休みも放課後もずーっとスマホの画面に釘付けかと思いきや、見てるのは忍者の動画ばっかり。
趣味ならまだいいと思うのだけれどこれは趣味の範疇を超えている。そう。彼は人生を捧げていたのだ。
いや、アホかって。まぁ、アホなんだろうな。
「ねえねえ、きょうはナニスるの?」
私は宮下アンナ。純粋な日本人である。
下の名前がカタカナってのと、髪の毛を金髪に染めてるってのもあって自己紹介の時に、森田には海外に住むハーフとして名乗ったのだ。
そして今もカタコトで話しかけている。
もう一度言うけど私は純粋な日本人だ。
こいつが勝手に私を外国人と勘違いしたので、今も嘘をつき続けているだけで。
だけど海外から来たのは本当。
両親は今も長崎の離島に住んでいて私だけが本州に渡ったのだ。
ね?一応海の外でしょ?
「今日も影分身だよ!僕さ、最近コツが掴めてきたんだ!そろそろ影分身が成功しそうな気がする!」
「ソウデすか〜」
馬鹿を言うな。
ただの高校生に影分身が出来てたまるか!
確かに森田の反復横跳びの速さは目を疑うほど早くなっている。けどそれとこれとは別だろう。
まず、影分身ができたとしてどうするのだ。
双子の妹と恋をしたいのならばまず、相手の性別が女でなくてはならないし、意志を持って動く必要もある。
ただ自分が2人に増えたって意味が無いのだ。
「見ててね!アンナ行くよ!」
そう言ってキュッと上履きを鳴らした森田はいつものように高速で反復横跳びし始め──
「アレ?ウごかないンデスか?」
「何言ってるの?アンナ。今全力で動いてるでしょ?」
「えっ……あ!!!」
よく目をこらすと森田はものすごい速さで動いている。
「え?マジ?残像じゃん!」
あ、やべ。驚きのあまり素が出てシマウマ。
じゃなくて、素が出てしまった。
幸いな事に気づかれてはないみたいだけれど、こういうの注意しないとな。
「うわぁ、なんか今日いつもより行けた気がする!」
「はい!トッてもスゴかったデスよー!アハハー」
「ほんと?よし、この調子で頑張るぞ!」
こうして、森田は自信を身に付け、更に成長するようになる。
……そう。成長してしまった。
もう一人の自分と会話ができるまでに。
森田が残像を使えるようになってからは主に3人で放課後の忍者談義を行うようになった。私、森田、森田である。
「で、まずお前を女にしたいわけなんだけど……」
「いやいや、無理だわ。影分身してからお前が女装すればいいだろ?」
「それじゃあ、意味ないだろ!」
最近は森田と森田が話してばかりで私の入る隙がなくなってきた。
少しずつ、影分身の腕を上げていく森田。
それに対し、私は焦りを感じていた。
もし、仮に、本当に双子の妹が森田にできたとしよう。
そうしたら、もう私は森田にとって必要のない存在になってしまうのではないだうか。
私のこの気持ちに気づくことなく、妹と恋に落ちてしまうのではないだろうか。
それなら、そんなことならいっそうのこと……
私はチクリと痛む胸の前で腕を抱くようにして、森田と森田の会話をどこか上の空で聞くのだった。
──〇〇〇〇──
僕が影分身を上手く扱えるようになって何日か過ぎた頃、アンナが学校を休んだ。
初めは体調不良にでもなったのかと思っていたのだけれど、彼女は何日も何日も何日も何日も学校を休んだ。
そしてある日──
「急なお話ですが、宮下アンナさんが学校を辞めることになりました」
「えっ……?」
「昨日電話があったのですか最後にお別れを言えないことを残念がっていました」
そんな……そんな事、僕は一言も聞いていない。
最後の日も、彼女はいつも通り一緒に修行して、いつも通り別れたはずなのに……
胸の中に何かがモヤモヤと渦巻く。
「なんで、どうして一言言ってくれなかったんだよ……」
結局、僕はその日影分身のトレーニングを休んだ。
とぼとぼと、祖母の管理するアパートの自室に帰る。
「ただいま〜」
「あ!オニイ……お兄ちゃんおかえり!」
「え?」
僕が部屋に入るとそこには黒髪の美少女が立っていた。
「あの、どちらさまですか?」
「ええ!お兄ちゃんヒドい!咲だよ!双子の妹の!咲!」
「うっ嘘だろ!?」
「ウソナワケナイヨ〜、嘘なわけないよ!」
なんで2回言ったんだ?1回目カタコトだったし。
「お兄ちゃんがさっき影分身の術使ったから私実体化しちゃったんだから!」
「え、ええー!」
じゃあ、ついに?ついに!ついに!!!
僕は双子の妹を生み出すことに成功したのだ!
「……」
「どうしたの?お兄ちゃん」
「いや、なんでもない」
いや、なんでもなくはなかった。
本当は喜びと同時にある友人の顔が頭に浮かんだのだ。
俺の努力の成果がちゃんと形として現れたことをアンナに伝えられなかったのが悔やまれる。
「……なんで、勝手にいなくなっちまったんだよ……」
せっかく努力が報われたってのに、あんまりいい気分にはならなかった。
むしろ、喜びよりも悔しさばかりが募る。
だって、俺が妹を生み出すことに成功してしまった今、彼女が遠い場所へと向かってしまった今、あの楽しかった放課後の日常はもう二度と帰ってこないのだから。
「……遅せぇよ。今頃じゃ、遅せぇよ」
そうだ。今頃気付いたってもう遅いんだ。
あの日常が好きだった事。そして、アンナの事が好きだった事。
今になっては全てが手遅れだ。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「あぁ。平気だよ」
「そっか!じゃあ、ご飯食べよ!お兄ちゃん!」
──僕は夢を追う内にいつの間にか本当に大切なものを取りこぼしていたのかもしれない。
──〇〇〇〇──
私はいつもよりワントーン上げて森田を呼ぶ。
「お兄ちゃん大丈夫?」
我ながら迫真の演技だ。
さっきはいきなり黙りこくったからバレたかと思ったのだけれど、どうやらその心配は無さそうだ。
というか、3ヶ月間も私を外国人だと思っていた奴にそんな簡単にバレてたまるかって感じ。
今の私は髪の毛を黒く染めて、30センチも切った。
結構勇気のある決断だったけれども、こいつが本当に双子の妹を作ってしまうよりはマシだ。
そんな事になるぐらいなら、私が妹になってやる。
この気持ちを忍ばせるくらいなら、私は大いに破綻してやる。
森田は忍者として影分身の術を頑張って覚えようとしてたみたいだけれど、こっちだってその間遊んでいたわけではないのだ。
そう。
私はあの期間で変わり身の術をマスターしていたのだ。
簡単に逃がすと思うなよ、森田!
「──ご飯食べよ!お兄ちゃん!」
惚れ薬入りすっぽん鍋&お色気の術!
もう戦う準備はできている。
さぁ、ひとつ屋根の下、私たちの戦争を始めよう。
夜のはっとり〇んは48の忍法で私が制してやるんだから!
そうしていつか、森田が本当に私を好きになってくれた時、私の秘密を打ち明けよう。私の気持ちを打ち明けよう。
だから今はまだ、妹として君と──
こうして
本当の恋を知った僕と
嘘がバレる訳にはいかない私の
恋物語が今幕を開ける。
すれ違う2人の未来は如何に──
お読み頂きありがとうございます。
もし良ければ他作品もお読み頂けると嬉しいです。
@yamada_taryo
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