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ロキに転移された先にあったのは、中世ヨーロッパのような街並みであった。
石でできた家に、石畳の通路。
その美しさに、思わずベーゼは「おお.....」と声を漏らしてしまう。
目を輝かせ、周りを見るベーゼであった。
その街並みの美しさは、決して日本では見ることができないであろう。
それに、街の美しさに目を奪われて気づけなかったがゲームに中とは思えないほどリアルである。
異世界に来たと言われても信じられる程の。
だが、今はこんなことをしている場合では無い。
悪役ロールプレイ。
それをするにあたって、敵を多く作るだろう。ならば対処できるほど強くなるしかない。
そのために少しでもレベルを上げるなどしておかないといけない。
基本的なことはホームページで見てきたし、どうやって狩場に行くのかも知っている。
NPCは西と東にある門を通らないと行けないが、プレイヤーだけはその場で行くことができる。
勿論、転移不可領域などもあるが、基本的に問題はないだろう。
ベーゼは視界の右上に映る小さな三本線をタップすると、オレンジ色の半透明なものが現れ、転移できる場所を映し出される。
そこには、
グランフィール王国「王都」
ラフェル森林
オルズ平原
と書かれている。
だが、グランフィール王国は文字が灰色になり、ラフィル森林、オルズ平原はオレンジ色で書かれている。
恐らくは今いるところが王都のため、転移できないからであろう。
ベーゼは映し出されたラフェル森林をタップする。
すると光に視界が包まれ、一瞬にして森の入り口に来ていた。
周りを見渡すと数人プレイヤーらしき人がいるが、さっさと森の中に入っていく。
森の中に足を踏み入れると言うことは、モンスターと戦うことに確実になる。
本来ならば、回復薬などを持ち、オリジンエンブレムの能力などを確認していくのが安全のはずだ。
だが、ベーゼの場合一刻も早くトッププレイヤーに追いつく必要がある。
そのクラスでないと逆に返り討ちにあう可能性は高いのだ。自分より実力が上のプレイヤーがいるのに、PKをしまくってそのトッププレイヤーに殺されましたじゃ、評判に関わる。
トッププレイヤーを出せばアイツは倒せるぞ!といわれ狙われ続けるだろう。
ならば、トッププレイヤーですら倒せないと認識さえされれば迂闊に手を出さないはずだ。
そのために、強くなる必要がある。
リアルでは何の楽しみのないベーゼからすれば、ゲームに必死になって笑われようが他人から何言われようがどうでもいい。
ゲームのみが生きがいなのだから。
そういえば、と思い出し右手の甲を見てみる。
そこには紋章は無く。ならば、と左手も見てみる。
そっちにも無かった。
ほとんどの場合手の甲にあるのだが、ベーゼの場合違ったようだ。
ではどこに?
そんな思考が頭を過ると、視界の左下が少し眩しい。
ベーゼはその光が何なのか、本能的にわかった。
オリジンエンブレムだ。
この光がオリジンエンブレムが発しているのなら。
もしそうなら。ベーゼはオリジンエンブレムに願った。
最高の武器をくれと。
僕の願いを叶える、武器を。最高のパートナーを。
するとベーゼの願いを叶えるかのように、右手に黒い光が集まる。漆黒の色をしておりまるで「死」そのもののようだ。
体が熱い。
感情が高ぶっているからなのか、この今起きている現象が原因なのか。
そんなことは今のベーゼにはどうでも良かった。
今起きている現象に魅入られており、そんなことを機にする余裕などない。
数秒ほど経つと、右手には黒い剣が握られており、体の熱さも収まっている。
やはりさっきの現象が原因か。
だがそんなことなど、もう興味がないとばかりに、右手に握られた剣を見る。
剣身は漆黒のように黒く、金の装飾がされている。
美しい。
それが目にしたときの最初の感想だった。武器というよりは芸術品としての価値の方が高いような気がする。
「へぇ、美しいな.....」
あまりの美しさに声が漏れた。
だが、ベーゼからしてみれば外見の美しさはどうであれ、性能はどうだろうか。
ステータスから見れるらしく、見てみるとーー
死剣タナトス
相手を斬りつけるごとに、即死、麻痺、鈍重、束縛、毒、盲目、腐敗、石化、五感麻痺の状態異常を3つ、50%の確率でする。1つは100%、2つ目は70%。
と死の神の名を有するその武器は確かに強力であった。
だが、その状態異常がどこまで通用するか。どれぐらい状態異常は強力なのか。
耐性持ち相手にどの程度効くのか、など疑問は当然ある。
しかし、確かに序盤では確実に役に立つ武器であることは確かだ。
まあ確かめていく必要はあるだろう
そういえば、と。
オリジンエンブレムでも種類がある。その中でも恐らく死剣タナトスは【原初器】と呼ばれるタイプであろう。
他にも【オリジンスキル】と呼ばれるスキル型、レギオン、ルーラー、マスター、アーマー、モンスター、など数多くあるらしい。
出回っている情報はあまり多くないが、自分で見つけていくのもMMOの楽しみだ。
誰かに情報を渡すつもりは今のところないが。
ベーゼは森の奥にどんどん進んでいく。
すると、一体のゴブリンが現れた。やっと現れた獲物だ。
そう思ったのも束の間、すぐさま二体のゴブリンが現れる。
合計三体のゴブリンは、鋼色に煌めく剣を持っている奴が一体、そのゴブリンを護るかのように前に出てるのが二体。
その目は明らかに敵意に満ちており、すぐにでも飛びかかってきそうだ。
現れたゴブリンは、所々錆びている剣を手に持っている。
そのゴブリンたちが獲物を見つけた!と喜んでいるかのように、ぎゃあぎゃあ騒いでいる。
知能が低いことは小説と一緒のようだ。普通ならば、敵から目を逸らすことは愚かな行為なのだが。
それに対してベーゼは焦る様子もなく冷静に剣を構え、敵を観ている。
(やれるかな?この剣の能力的に、掠りさえすればすぐに殺せる。でも、能力にあまり頼りたく無いかなぁ)
能力に頼りすぎるとその能力を封じられたとき、格段に戦闘力は下がるだろう。
そうならないために自分の力も鍛えておく必要がある。ステータス、つまり肉体的能力が低くとも経験は裏切らない。
経験のおかげで助かることもある。
ならば経験を鍛えて、能力に頼りすぎないことは大切だと、ベーゼは思う。
そんなことを考えながら、騒いでるゴブリンに向かって走る。ゴブリンからベーゼに離れている距離、およそ10メートル。
その程度ではすぐに敵にたどり着く。
剣を両手で握りしめて、その握りしめた手を斜めにするようにして構える。
そうして構えること数秒、ゴブリン三体がベーゼから目をそらした瞬間、走る。
その走る速度はリアルだと早い方だろう。だが、レベルアップもあり、ステータスもあるこの世界からすれば決して速くはないスピードだ。
だが、小学生並みの体力、筋力しかないゴブリンからすれば、十分脅威である。それに目を逸らしたゴブリンからすれば、一瞬で目の前近くに現れたように見える。
ベーゼは走って行き、走る直前後ろを振り向いた右にいるゴブリンに向かって、袈裟斬りをする。
「はぁっ!」
防ぐ動作すらできなかったゴブリンの頭を斬り、剣は鎖骨を切断し、少し行ったところで剣が止まる。
頭にクリーンヒットを受けたゴブリンは、「グギャ!」と間抜けな声を漏らし、灰色の粒子となり消えていく。
そうなれば当然残りのゴブリンも戦闘モードに入るだろう。が、ベーゼは剣を、無理やり左横に向かって振るう。
「ふっ!」
力任せではあるが、綺麗に弧を描く剣は、ゴブリンの胴を切断する。
そのベーゼが振るう剣術は決して素人ではなく、達人のそれと言ってもいいほどであった。
なぜベーゼがそれほどの剣術を持っているのかは本人以外はわからない、が今は戦闘中だ。
そんなことを考えていい場合ではない。
最後に残ったゴブリンがすることは、逃げるか、立ち向かってくるか。
そのゴブリンが行なった選択は後者であった。
剣を振り上げ、隙だらけな状態で走ってくる。
実に無謀だ。普通は逃げるだろうに。
ここは流石知能が低いゴブリンと言うべきか。
そのゴブリンは仲間がやられて苛立っているのではなく、生命の危機に苛立っているようだ。
NPCに自我などあるかどうか不明だが。
ゴブリンはベーゼのところまで到達すると、当然、前段階の動作でわかるように袈裟斬りをしてくる。
それに対して体を横に少しズラして避ける。
この程度は誰でも避けれるはず。
剣を振ったゴブリンは、子供並みの筋力だ。それに加え予備動作が大げさで、振るう速度も非常に遅い。
そのため少し剣が重たかったのか、前のめりになり倒れそうになる。そこを見逃すほど甘くはない。
倒れそうになったその瞬間、ベーゼは剣を背中に突き立て、横に払う。
横腹を切り裂き、ピンク色をしたソレ、贓物が少しはみ出る。
設定で変更できるのだが、するつもりはないベーゼであった。
(グ、グロい.....)
「ギィ…..ギャァ.....」
呻き声を上げ、倒れるゴブリンを見下ろす。数秒後そのゴブリンも灰色の粒子となり消えていく。
灰色の粒子でもやはり綺麗出会った。
元が美しい森であったため、その風景と相まってより美しさを醸し出している。
ベーゼは地面を見るが、何も落ちていない。
それもそのはず。ドロップアイテムなどは、プレイヤーが全員持っているアイテムボックスに自動的に入れられる。
そのためドロップアイテムが地面に落ちている、ということは一部を除いてありえない。
ベーゼは次なる相手を探し、森を探索する。
ゴブリンが弱すぎて、武器の能力を確認することができなかった。
レベルは上がっただろうか。後で確認してみる。
そう思いながらも、先に能力を確認したい欲が強いのか、周りを見渡す。
しかし、周りを見る限り、モンスターはいなさそうだ。
ならばもう少し奥に進んでみよう。