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私が発火と唱えると、隣の黒子がマッチを擦る

私が発火と唱えると、隣の黒子がマッチを擦る

作者: モロコロス

シンケンジャー好き。

 残念な事故で死んでしまった私が、テンプレどおりに白い世界で神様に遭遇。魔法の世界に転生させてあげるよ、と朗らかに宣言され、なんて素晴らしい、凄いな異世界転生、と神様に無邪気にお礼を言い、人並み外れた魔力を貰って転生して早三年。


 貴族の子供として生まれるのがテンプレらしいが、そんな幸運もなく一般的な、それでも食う物には困らない程度の平民の家庭に生まれ、病気らしい病気もせずに三歳になった私は、今現在、途方に暮れている。


 魔力ってさあ、魔力って何か、ほら、体に篭もる血液みたいなさあ、そういうもんじゃない?


 目の前には、広くも無い我が家のダイニングの小奇麗なテーブルに座る父と姉。


 そして、それぞれの席の後ろに控え立つ黒子。


 黒子?あの歌舞伎の黒子?そうです。黒子です。昨日までは居なかった、ていうか見えなかったのに。


 後ろを見る。いや、後ろを見なくてもいいのだ。私の周囲には、部屋に溢れるくらいの黒子が突っ立っており、入りきらない奴らが玄関から家の前の道路に溢れているのだから。


「お帰り、魔力発現の儀式はどうだった?」


 父が優しく問いかけてくるのだが、正直バタバタと複数の黒子が立つ場所を求めて右往左往しているので、うるさくて父の言葉が耳に入ってこない。考えている間にもまた玄関が開き、辺りを見回しながら詰めろ詰めろと、どんどん黒子が増えていく。黒子だらけの満員電車を想像してほしい。そこに、三歳児が放り込まれている状況だ。圧死の危険に冷や汗が止まらない。


「あなた、凄いのよこの子、魔力が多すぎて教会の水晶じゃ測りきれないんですって」


 私の後ろに立っている筈の、教会に連れ添ってくれた母は、当然ながら黒子に囲まれていて見えない。しかし父も母も姉も、黒子が居る素振りさえ見せず、まるで家族だけしか居ないように、会話を続けるのだ。


「へえ、そりゃ凄い」

「ミャーリって凄いんだ!」


 父が驚き、姉のティヤーリが嬉しそうに叫ぶ。父の、そして姉の動きにあわせ、ガタガタと移動し続ける黒子にちょっと小突かれたり、母の歩く道にそって黒子が道を開けようと無駄な努力をしているせいで、圧力がどんどん高まってる気がする。痛!誰か足踏みやがったな。


「こんどもっと大きな水晶を持って、家まで来てくれるらしいわ」

「楽しみだ」


 父が立ち上がり、母を迎えると、二人は軽くキスをして、姉は顔を手で隠しながら隙間でバッチリそれを眺めてキャー、なんて言ってて楽しそうなんだけど、私は自分より遥かに背の高い大人、ていうか黒子にぎゅうぎゅうと圧迫されつづけた結果、ついに息苦しくなって倒れた。精神的に耐えられなかったからかもしれない。


★★★


「発火」


 私は、目の前に置いてある燭台に向かい、火をつける呪文を唱える。すると隣に立っていた黒子が、徐に燭台に近づくとマッチを擦り、燭台に立てられた蝋燭に火を着けた。


「すごーい!ミャーリってもう魔法がつかえるのね!」


 魔法?私が首を傾けるのも気にせず、姉は私を抱えると、うふふ凄い凄い、とくるくる廻った。燃える蝋燭や燭台に当たらないよう距離を取るあたり、六歳にしては気の利く姉である。


 街の外れで、私は魔法の練習をしている。昨日執り行われた魔力発現の儀式により、身に宿る魔力を使えるようになったので練習を始めたのだ。そう、昨日の朝までは魔法の練習を、本当に楽しみにしていたんだけどなあ。


 周りを見回す。今日は十名程度しか黒子は居ない。しかもそのうち一人は私ではなく、姉に憑いた黒子だ。漢字はあってる。他の黒子は街中に散らばっている、というか、頼むから私の周りに集中するな、街中に散らばって待機してろ、とお願いしたら聞いてくれたのである。


 あー、人並み外れた魔力って、憑いてる黒子の数なんだ。漢字は合ってる。


 この現象が、「魔力を黒子として認識している」だけなのか、「この世界の魔法とは、黒子が色々頑張ってる結果」なのかはまだ分からないが、昨日踏まれてまだ痛い左足や、魔力の定義から考えて後者の方ではないか、と私は考えている。前者だったら私の頭がアブないだけで済んだんだが。


「魔法といっても何でもできるわけではないのよ。ちょっと便利なくらいよ」


 母は魔法の話をせがむ私に常々そう言い聞かせていたし、実際、人力で手伝える程度の事しか出来ない、という事実はどの魔法書にも書いてあるらしい。人力言いきってるし。


 姉が私を降ろしてくれた後、私は自分の魔力を試すことにした。


「業火」


 今度は別の呪文を唱えてみる。ちなみに呪文は別に誰かに習ったわけではない。適当にそれっぽい言葉を、対象物を指差しながら、黒子に向けて喋っているだけである。


 すると黒子の一人が、手に持ったポリタンクから刺激臭のする液体をバシャバシャと燭台にかけ始めた。ポリタンク?


 いやそれどこじゃない、そりゃマズい。慌てて私は姉の手を引いて、燭台から遠く離れた。姉は不思議な顔をして私に手を引かれた。


 黒子は液体をかけ終わると、私たちと同じくらい燭台から離れて、それからマッチを擦って、燭台の辺りに投げて。


 ガソリン塗れの燭台はそりゃもう、よく燃えた。ポリタンクとかさあ、ガソリンとかさ、一体どっから出してきたんだよ。燃え上がる黒い炎に呆然とする姉と、どっからあんなもん持ってきたと呆然とする私だった。


 その後火事になったらどうするって、めっちゃ怒られた。ポリタンクを用意した黒子はそしらぬ顔で私の隣に立っていて、結構それがむかついた。


★★★


 私の魔法は規格外だと姉も母も、家族も教会の人も驚くのだが、私が驚くのは、一体全体この黒子たち、どこからガソリンやら花火やらペンチやらドリルやらノコギリやら箒やら蒸しタオルやら電卓を取り出すのか、である。ホームセンターに直結でもしてるのか。


 あ、あと蒸しタオルについては他にも言いたいことがあるぞ。


「身を清め」


 と母が呪文を唱えたあの日。テンプレによくあるクリーンの魔法ですよね、私は最初流そうとしていたんだが。


 突然、母に憑いた黒子が、だから漢字合ってるってば、そいつがいきなり街中で母の洋服を脱がし始めた時は叫びそうになった。母も黙ってそれを受け入れているし。まあ黒子なんて見えないんだろうけど。


 蒸しタオルを何枚も取り出した黒子が、すっぽんぽんになった母の体という体を隈無く蒸しタオルで拭っていく姿は何とも言えずエロかった。黒子の手つきがなんとも。母に憑いている黒子は体型から女性と思われるのだが。


 その間、街の人は母と黒子の絡みじゃねえや、痴態を一切無視し、まるで何も起こっていないかのように通り過ぎるのだが、街の人に憑いて歩く黒子達の半分くらいは、街中で全裸になり体中をエロい手つきで拭かれている母をまじまじと眺めて居たのである。許せん。


 汚れを拭い終わったタオルはいつの間に消えていて、どこに隠したのか、とか洋服を着せ直す仕草もエロかったとか、見とれて転んだ黒子が居たぞ、とか、言いたいことはいっぱいある。


 あの呪文は絶対に使わない、と私は決意した。また、街外れに私の黒子を全員集め、あの手の呪文は使わないことを宣言、私の黒子が同じように他人の裸を余所見などしたら放逐するぞと脅した。怒りのあまりだ。聞くかどうかは知らないし、放逐できるかも知らないが、黒子たちは無言で首をブンブン縦に振ったので、私は怒りを納めたのだ。


 家族には、家の中でしか使わないようにと、泣きながら母と姉に訴えて了承してもらっている。父がどうなろうと知らない。街中全裸で困ることもないし。


 その後も全裸に蒸しタオルの女性や男性を何人も街で見かけたが、強い自制心で無視する事を覚えた私だった。


★★★


 順調に五歳を迎え、ある朝、魔物が出ると噂の森に一人わけいる私だったが、実際には前後にぞろぞろ数十人の黒子が控えている。前方の警戒、転びそうな薮や草の処理、後方警戒、道標の設置を手分けして行う黒子チーム。私は何もすることがない。水、と言えばペットボトルを渡してくれるし、トイレと言えば、携帯トイレをさっと用意してくれる黒子達だった。便利。


 この世界には魔物が居るらしいのだが、対する私の魔力は黒子であり、つまり巷のラノベの主人公の皆さんとは違って、ありもの、つまり人海戦術で魔物を倒すことになるのである。やばいよやばいよ。黒子の皆さんがみんなあの手のリアクション芸人だった場合、あれ?私即死?みたいな。


 なので、手頃な魔物を見ておく必要があると私は判断し、なんか魔物が出るらしいと評判のこの森に来ているのだ。噂では魔物に食われて死んだ奴は居ない。あくまで魔物に驚いて逃げ出した奴が結構居るくらい。そうじゃなきゃこんな所に一人でこないよ。一人じゃないけど。


「あ、いた」


 一時間くらい歩いたところで、黒子が指を口にあてて、もう一方の手である方向を指差す。指示どおり、静かにそちらを見た私の目に入ったのは、私が初めて見る魔物。私はそれを見て思わず声をあげた。


 ぬいぐるみだった。ていうか腹話術の人形?


 角の生えた緑色の小人の人形、それを右手にはめて、ぎゃあぎゃあ、と喋っている一人の黒子が、そこに居た。え?魔物ってそういうこと?


「やれ」


 私の合図で私の黒子が一人飛び出すと、魔物人形を操る黒子の膝に蹴りを入れる。魔物人形が吹き飛び、魔物を操っていた黒子は膝を抱えて蹲り、私は回収された魔物人形を手に取った。操っていた黒子は私が人形を手に取るのを見て、慌てて逃げ出したが、私の黒子に首根っこ捕まえられてしまう。


 どう見ても人形なんだけど、私がこれを抱えて森を出ると、森を出た所で待ち構えていた近所の人が


「あんなガキが魔物を狩ったぞ!」

「大変だ!」


 などと騒ぐので、やはり魔物ってそういう事らしい。なお魔物を操っていた黒子は無事に私の黒子になった。


 その後味を占めて、森に限らず魔物の噂を聞きつけては狩りまくった。腹話術の人形タイプ。操り人形タイプには上から糸たらすタイプと、下から棒で動かすタイプがあったり。小型の魔物はぬいぐるみを直接黒子が手で操ってる場合もあった。子供のごっこ遊びか。


 そんなこんなで調査のついでに黒子を回収じゃなくて魔物を討伐していたら、いつの間に私の黒子の数が二倍に膨れ上がっていた。どんどん魔力が増えていく私。正確には黒子が。三百人は越えたね。


★★★


 調子に乗って魔物を狩りまくってたら、超絶魔法使いとして名を馳せすぎたらしく、現在街に押し寄せたドラゴン退治の仕事中の私である。十歳になりました。黒子の部下は千人超えたか超えないかくらいです。そういえば黒子の食事ってどうなってるんだろうね。


 ドラゴンと言いながら、実は黒子が動かしている以上そんな高くは飛べない。特にこの世界では。黒子が一人、棒の先にくっつけたドラゴンの頭をうねうね動かし、前足も後足にもそれぞれ一人、胴体は黒子が三人くらいで棒で支えている。尻尾にも一人。九人の黒子が、一所懸命ドラゴンを動かしながらこっちに近づいていた。学芸会を見ている気分。いや大きさから言って低予算の劇団かな。


「やべえぞ!ドラゴンだ!」

「逃げねえと!」

「うわ!死にたくねええ!」


 皮鎧に棍棒の戦士達が絶望的な声をあげているんだけど、私はドラゴンを動かしている黒子たちの、連携の拙さにほとほと呆れて逆に声が出ない。これでも、あのドラゴンに何十人と死者がでているらしい。一体どうやったらアレで人が殺せるんだろうな、と私は不思議に思っているんだけど。


「頭と足は無視、胴体の三人」


 私が声を発すると、私の周囲に立つ黒子達が十人ほど、ドラゴンに向かって走り出す。そのまま足と頭を動かすのに精一杯の、ドラゴンを動かしてる黒子をすり抜けて、ついでにそいつらに蹴りを入れてから、胴体を動かしている役の黒子の膝やら手やら、正中線とか急所をしつこく攻撃し出すわれらが黒子チーム。


 胴体の三人がやられれば体の重みでドラゴンは自然に地に落ちる。残りの黒子が無理やり引きずってもいいんだろうけど、そんなチンタラしてる暇は与えない。我が黒子チームが各個撃破で頭、尻尾、それぞれの足にとどめをさせば良い話で。


「す、すげえ!ドラゴンすら瞬殺かよ!」


 戦士達が感嘆の声をあげるし、黒子さえ見えなければ、きっと私は超絶な魔法使いに見えるんだろうな。


 黒子が見える私にとって、それは棒倒しを人海戦術で戦っているようなものというか。ぶっちゃけ、相手が十一人、こっちが百人で戦うサッカーみたいな。十人対千人で戦う棒倒しみたいな。


 んーなんか違う。


「さすがミャーリね!」


 私が怪我をしないか不安そうに柱の影から見守っていた姉のティヤーリが、飛び出して私に飛びついてくる。私は姉のされるがまま、抱き上げられ、くるくる回され、ほっぺたにキスされて、そっちの方が疲れた。


 ひとしきりはしゃいだ後、ティヤーリの黒子が蒸しタオルで軽く彼女の顔を拭い、私も黒子に頼んでスポーツドリンクを貰って飲む。見ると戦士たちが、ドラゴンの死体を引きずってこちらに向かってくる所だった。勿論ドラゴンを操っていた九人の黒子は首根っこ掴んで、我らが黒子チームにひきずりこんでる。いまさら九人増えても、どうせ千人抱えてるし。


 私は誰の目にも止まらない、私の前で整列する千人の黒子たちに手をあげて、頷いた。黒子たちはそれを解散の合図と捉え、それぞれ、私の家の身辺警備に戻る者、街の警備に戻るもの、街からここまでの道の探索と警備に戻る者、私の警備に残る者、パーティを組んでドラゴンが来た方向に敵状視察に向かう者に分かれる。黒子が多すぎてやる事がなく、仕方ないので近所の聞き込みから隣の国までの視察など、思いつきの任務を与えたりしているのだけれども。


 デジカメで撮影してプリンターから出力された報告書を渡された時はビックリしたが、視察した内容って黒子そのままじゃ報告出来ないよね。黒子だし。そうだねごめんと謝ったり。


 超絶魔法使いとして、千人の魔力をまとめ上げる補佐役の黒子が欲しい、と切実な願いもありつつ、順調に、周囲から幼き魔王として認識されつつある、私だった。


 んー何か違うと思うのだが。


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― 新着の感想 ―
舞台化したら絶対みたい
[一言] アホで面白い!
[一言] シュールな背景に恐怖を覚えるね! ( ̄∀ ̄)/
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