【68話】原種魔族とは
あらかた旅の報告を終え、家族とヴラド公爵勢を交えた会議も大詰めとなった。
しかし肝心の問題である旅の再出発については報告が済んでおらず、家族は俺が一旦ヴラー村で一息つく事を望んでいるようだが、言わねばなるまい。
俺がまたあの大陸に向かうために、魔王の修行を受けに行くという事を。
そう決意を固めた所で場の雰囲気が変わったのか、ウルベルト父さんやベルニーニ母さんは不思議そうな顔をして、ヴラド伯父さんはやっと本題かとばかりに顎を撫でる。
グレイグ兄さんは何故か納得顔で微笑しているので、もしかしたら言いたい事を理解しているのかもしれない。
「さて、旅の報告も済んだところで、言わなきゃいけない事があるんだ」
「なんだルーケイド? 先ほどまでの話に何か注釈でもあるのか? 特に不明瞭な点は無かったように思えるが……」
「いいから黙って甥っ子の言葉に耳を貸してやれ、ウルベルト」
改まって説明しようとする俺に対し首をかしげる両親だが、伯父さんがその場を取りなす。
父さんはその一言から何かを感じ取ったのか、真剣な表情でこちらを見つめ、言葉を絞り出した。
「まさかルーケイド、お前……」
「うん、そのまさかだよ。突然で悪いんだけど、近いうちにもう一度勇者に会いに行こうと思っているんだ。もちろん魔王とヴラド伯父さんに修行をつけてもらい、相応の実力を身に着けてからになるけどね」
俺の言葉にやはりそう来るかと言った感じに瞑目し、腕を組む。
そしてしばらく黙想した後、この場に居る家族を代表して父さんが口を開いた。
「……そうか、やはりこのままでは終われないか。いや、分かっている。男というものは負けっぱなしで黙っていられる程、器用な生き方は出来ぬものなのだ。かつての私がそうであったようにな。しかもそれが私の息子だというのなら、なおさらの事だろう」
家族を代表して答えた父さんに対し、母さんや兄さんも理解を示すように頷く。
もしかしたら猛反対されるかと思っていたけど、俺は本当に良い家族を持ったようだ。
それに四天王であるウルベルト・アマイモンは、かつて両親を戦争によって失ったが故にその葛藤が分かるし、このままでは終われないという悔しさを身に染みて知っているのだろう。
だからこそ再挑戦という言葉には理解があるし、その意味を誰よりも深く追求してきた。
「まあそう言う事じゃなぁ。貴族である儂らの思惑はともかくとして、甥っ子もただ追い返されてはいそうですかと、そんな腑抜けた感想を抜かすような性格はしとらんわい。……ただし、勘違いするでないぞ小僧。お主を再び勇者へと送り付けるのは、全ての修行が完成してからじゃ。今度こそ万全の状況で、心置きなくその目的とやらを達成してこい」
「ありがとう皆。もちろんそのつもりだよ」
まず目指すのは修行の完成。
相手がヒト族の頂点、その最強だというのなら、こちらは魔族にとっての最強になってやるまでだ。
「ところでルー、その修行っていうのは具体的にどんな物なんだい? 公爵様は随分自信ありげだけど、四天王総勢と魔王様ですら追い返すのが精いっぱいだった相手に、生半可な力は通用しないと思うのだけど」
「その辺に関しては伯父さんに考えがあるみたいだよ。なんでも、原種魔族がなんたらかんたらって言ってたね。……ん? あれ、どうしたの?」
兄さんのごもっともな意見に対し、伯父さんが何度か口にした原種魔族というキーワードを伝えた瞬間、場の空気が凍った。
両親は口をあんぐりと開けて固まり、兄さんに至っては物凄い形相でヴラド伯父さんを睨んでいる。
そんなにやばい修行なのだろうか、その原種なんちゃらって。
というか皆この単語知ってたんだね、もっと早く教えて欲しかったよ。
すると、より一層の睨みを効かせた兄さんが、怒気の混じった声色で伯父さんを問い詰めた。
「……公爵様、あなたは僕の弟を殺すつもりなのですか? 確かに四天王クラスの魔族には原種魔族の血が色濃く残り、さらにその内二人の血を受け継ぐ弟には耐性があるし、大きな可能性があるかもしれません。しかしどう考えても無茶だ。魔王様ですらたった一人の原種魔族の力を手に入れるのに、一体どれだけの犠牲を支払ったと思っているのですか?」
「…………」
えっ、何!?
死んじゃうのか、俺、まじかよ。
というか話が全く見えない、もっと詳しく解説をお願いしたいところだ。
「どういう事かな兄さん?」
「成人した貴族や領主の跡取りなら教わる事だけど、確かにまだルーは知らなかったね。原種魔族っていうのは過去から現在まで脈絡と受け継がれている、原初の魔族の事を言うのさ。この世界に初めて生まれた魔族っていうのは、今とは比べ物にならないくらい強力な種族でね、その力は神に選ばれたと言われる勇者と比較しても、なんら劣らないものなのだそうだよ」
おお、確かに凄い。
話を聞く限り、勇者と対等の力を得る程の能力を保有しているらしい。
だが肝心のリスクについてが語られていない、なぜその原初の力を覚醒させると俺が死ぬのだろうか。
「もしかして、その力を体得するために凄い危険な訓練が必要だとか?」
「いいや、訓練なんか必要ないさ、ただ眠っていればいい。原種魔族の力を得るためには、魔王城に保管されている初代魔族の魔石に触れ、覚醒するまで寝ていればいいのさ、死んだようにね。ただその力の全てを魂が受け入れられなければ、持ち主の頭にある魔石が砕け散り、死ぬだけという訳だよ。これは本来儀式なんだ、魔王へと覚醒するためのね」
なんだ、そういう事か。
でも歴代の魔王がそれなりに成功しているのだとしたら、それなりに可能性はあるんじゃないのかな?
少なくとも、四天王二人分の血を受け継ぐ俺は耐性があるようだし、そこまで危険視する事なのだろうか。
……いや、待て。
確かさっき、兄さんは犠牲を支払ったって言ってたような。
つまり、現魔王と成り得る程の素質を持った者が、何人もの犠牲者を出してようやく完成するってことか?
おいおい、冗談じゃないぞ!!
「伯父さん、どういう事かな?」
「待て小僧、勘違いするな。儂もそこまで非情ではない。勝算があるのだ、確実に勝てると思える程の勝算が」
「ある訳ないさそんな物。現魔王様ですら二百人規模の魔族の魔石を生贄にして、原種魔族の力をある程度分散させてようやく達成した偉業なんだ。もし犠牲が必要ないのだとしたら、それこそ次元を渡って召喚された勇者の魂か、それと同等の魂が必要になる。まさかルーが異次元の魂を持っている訳でもあるまいし、土台無理なんだよ」
あ、異次元の魂持ってます。
異世界から金髪美青年に転生させられました。
なんだ余裕じゃん、やっちゃおうぜ儀式。
初代魔族の魔石だかなんだか知らないけど、どんとこい!
ただ、伯父さんがなぜ大丈夫だと言ったのかだけが気がかりだけど、転生の事がバレた訳じゃないだろうし、これはさらに安全性が増すって事でいいのかな?
「いや、あるのだ確実な方法が。現魔王が儀式を成功させた時に覚醒した固有技能、【増幅】を使い小僧の耐性を底上げすれば、アマイモン家で最も初代に近いこの小僧であれば、確実に成功する。それにもし犠牲者の一人でも出そうものなら、この儂の首を飛ばしてくれても構わない」
「…………」
よっしゃぁ!
安全になったどころか、これなら原種魔族の魔石一つとは言わず、二つでも三つでも吸収できそうだぞ!