【20話】兄弟喧嘩の決着
ミスリルボールを取り出した俺は、二つ目の奥の手を発動させた。
「【念力】派生、立体魔法陣」
「……なんだ、なんなんだそれは」
収束の魔法陣が刻み込まれたアルファが、火という意味だけを持つ単純な魔法陣をいくつも描く。
するとどうだろうか、一瞬で完成した立体的な魔法陣から赤い熱線が飛び出し、何本ものレーザーが彼の肉体を焼き、貫いた。
その魔法完成までの速度たるやまさに神速。
ミスリルボールがある程度の魔法演算を肩代わりする事で、単純な意味の魔法陣でも魔法が発動するようになったのだ。
さらに魔法式を立体的な魔法陣専用にした事で、【念力】が使える俺にしか発動できない、俺専用装備になった。
魔法陣をどうにか戦闘用に開発できないかと悩み抜いた、その結論がこのミスリルボールという訳だ。
「そして【念力】の制御下にあるミスリルボールは、訓練され設定された特性行動中、自動で動く。……故に、俺も自由に行動できるという訳だよ、兄さん」
拡散のベータは文字通り魔法が拡散される範囲型なので、この場では使えない。
アルファも速度優先で単純な意味の魔法を使用し続けているので、大したダメージにはなっていない。
ベータはまた別の用途で使うため、純粋な攻撃力は持たない。
だがそれでも、不意打ちを受け、行動が阻害され続けている兄さんにどれほどの対応ができるというのだろうか。
これが単純に俺がもう一人いて、剣で攻撃するとかなら話は違っただろうが、魔法は遠距離攻撃だ。
だからこそ性質が悪いし、魔法は強力な攻撃手段たりえる。
兄さんの態勢が崩れ防戦一方である以上、俺はもう、逃げ回っているだけでいい。
「ガァァァアアアッ!! クソ、油断していたつもりは、なかったんだけど、ねっ!! グガァァアッ!!」
「よっ、はっ、とっ」
苦し紛れに兄さんが攻撃してくるも、【回避】の型を駆使して逃げ続ける。
それでも回避しきれない時は切り結んだりもするが、正直言ってそのたびに肝が冷える。
土台からして、純粋な実力では兄には遠く及ばないのだ。
おそらく一瞬でも気を抜いたら俺は立ち上がれないだろう。
二重の強化をかけた兄さんの攻撃力は、今の俺では逆立ちしたって生身で受ける事なんてできない。
当たり所が悪ければ即死になるだろう。
そもそも万全な状態で手の内を知っていたなら、警戒した兄さんにレーザーなんて当たらなかったかもしれない。
それにずっと俺を狙い続けるってことは……。
「兄さん、もしかしてワザと俺だけを狙ってる?」
「……さて、何のことかな」
やっぱりだ。
兄さん、手加減してるよ。
ミスリルボールが動きを阻害している以上、普通はそちらから撃ち落としにかかるはずだ。
なのにずっと俺をターゲットにしてるって事は、俺と剣で切り結ぶ形じゃないと、戦う意味がないからだ。
たぶん剣での圧倒的な実力差を認識させることで、今の俺ではどう足掻いても勝てない強敵──例えば勇者などの強者がいるってことを、伝えたかったんだ。
「グハァッ! ……はぁ、はぁ、はぁ、……参ったな。どう頑張っても勝ち目がないや」
嘘つけ。
本気だったらとっくに俺の首が飛んでるっての。
だが兄さんがそういうって事は、そろそろ稽古も終了って事なんだろう。
ここは合わせておこう。
「降参かな、兄さん」
「ああ、負けだ、僕の負け。もうちょっと粘っても良かったけど、それだと本当に殺し合いになりそうだ」
そう宣言した兄さんから魔力が拡散し、強化が解除されていく。
おそらく、この決闘は兄さんの我儘みたいなものだったのだろう。
両親も納得している上に、俺の意志をいつも尊重してくれるグレイグ兄さんがなぜとは思っていたが、ここですぐに降参したことでだいたい察した。
すると、試合が終わったのを見届けたベルニーニ母さんが猛ダッシュしてきた。
ずいぶんと心配を賭けさせてしまったようだ。
「グレイグ! ルーケイド! ケガは大丈夫っ!? ……母がすぐに治しますからねっ!!」
「ははは、大丈夫だよ母さん、大したダメージはないさ。それにしても本当に強くなったねルー、まさか魔法が使えるようになっていたなんて思いもしなかったよ。奥の手ってやつかい?」
えぇぇえええ……、やっぱり大したダメージはないのかよ。
いや、余裕だったのは試合後の姿を見ても分かるけどさ、実際に言われるとね。
あれだけ滅多打ちにしたのに、さすがにそれは凹むぞ兄さん。
初級の魔法とはいえ、結構本気で攻撃してたのになぁ……。
まあ、兄さんの体力が異常なのは今に始まったことじゃないけどね。
「最初のは魔法じゃなくて、念力の応用だよ。属性魔法じゃないんだ」
「それでも凄いよ、見事に奇襲されてしまった」
「何を呑気な事をっ! 母がどれだけ心配したの思っているのですか二人ともっ! もう金輪際、兄弟喧嘩は禁止ですっ!」
母さんが目に涙をためて叫んだ。
いや、俺は兄さんに有無を言わさずやらされただけなんだけどなぁ。
実際兄さんなんて、いつもの訓練よりちょっと厳しめだったかななんてボヤいてるし。
あっ、母さんに頭叩かれてやんの。
「と、とにかく、これで僕の我儘は終わりだ。できればルーにとっての壁でありたかったけど、僕の弟はそんなちっぽけな器じゃなかったみたいだ。……行っておいで、ルー」
「ありがとう、兄さん。向こうでも頑張るから、期待しててよ」
でもこの分だと、もしかしたらディーやサーニャも家族とバタバタしてそうだなぁ。
そんな事を思いながら、俺の成人式は本当に終わりを迎えたのだった。