【19話】立ちはだかる兄
祝賀会が終わり人も居なくなり、そろそろ就寝時間となる深夜。
俺は顔から感情の抜けたグレイグ兄さんに、外へ呼び出された。
「……早速だがルー、命令だ、剣を抜け。そして僕と戦え。何故いきなり決闘なのかとか、僕が何を考えてるかとか、そういうごちゃごちゃしたのは一切無しだよ」
「……兄さん」
少し離れた場所にはベルニーニ母さんとウルベルド父さんが隠れているのが【感知】で分かる。
それでもなお見守っているって事は、これは両親も納得しての事なのだろう。
父さんが祝賀会で俺に賛同し、条件を言い出したときにはまさかと思ったが、たぶんずっと前から他大陸に渡ることはバレていたと見ていいな。
それに真剣で勝負して万が一でもあったらと思うと、やはり気が進まない。
いや、なぜここまで兄さんが戦いに拘るのかは、だいたい予想はついている。
仮に俺が出ていく事がバレていたのだとしたら、あの時に口を挟まなかったのも納得済みだという事で説明がつく。
しかし、そうであるのにこのタイミングで決闘を申し込んだという事は、恐らく俺の力を試しているか、もしくは、兄さんという一個人の……。
「どうした? なぜ剣を抜かない? これは次期領主であるグレイグ・アマイモンとしての命令なんだけどね。──あぁ、もしかして僕の事を心配しているのかな? それなら問題ない、殺す気で掛かって来てくれていいよ。それに多少の傷なら母さんが治してくれるさ」
「でも、万が一があったら」
「いいからさっさと剣を抜け、ルーケイド・アマイモン」
「……っ」
有無を言わさぬ兄さんの覇気に、息が詰まった。
だめだ、無粋ではあるが一応説得してみたものの、まるで取り付く島がない。
……これは戦う以外に選択肢はないなぁ。
だが戦うにしても、既に20歳になった兄さんは父さんとほぼ五分の力持っているし、最近では角魔族の種族特性である、特殊技能も使いこなすようになった。
まともに戦って勝てる可能性は、ほぼない。
という訳で、ここは今までの集大成及び新装備の試運転を兼ねて、不意打ちをしよう思う。
俺も伊達にこの世界で生きて来た訳じゃない、奥の手の一つや二つくらいあるのだ。
実は戦うって聞かされてこの場所についた時から、今の今までずっと準備は整えてるんだけどね。
「……剣を抜いたか。そうだ、それでいいんだ」
「悪く思わないでよ兄さん」
「何を言っているルーケイド。まさか自分が勝てるとでも思っているのかい? あまり兄を見くびらない方がいい」
「そうだね、普通に考えれば兄さんの方が強いよ。でも、今回は僕が勝つよ」
「そうか、では行くぞ」
そして、攻撃宣言と同時に踏み込んできた兄さんは、一瞬で俺との間合いを詰めようとし──地中から飛び出した槍に足を貫かれた。
おかしいな、もっと致命傷になる部位を狙ったんだけど、ギリギリで躱されてしまったみたいだ。
「ガァァァアアアッ!? な、なにがっ!?」
「……今のを避けるのか、やっぱりあり得ないくらい強いね兄さん」
奥の手その一、【念力】による設置型トラップ、属性魔法(偽)だ。
知っての通り、【念力】は俺の固有技能で感知できる範囲内で、魔力が物質に干渉できる能力な訳だが、今回はその応用。
膨大な魔力を特定の空間、今回の場合なら地面に滞在させチャージする。
そして魔力がチャージされた地面は俺の【念力】の制御下に入り、自由にその形を変え、動かす事ができるという訳だ。
3歳の時に水滴を自由に操作できたように、魔力さえ足りていればそれは土だろうが石だろうが、なんだろうが応用の範囲。
この場合は土を凝縮して槍の形に整形し、飛び出させたというだけに過ぎない。
もちろんこれはそう簡単できるものではないし、少し時間をかけて魔力を馴染ませなければならない上に、消費する魔力もそこそこだ。
だからこそ現段階では設置型、瞬時には使えない。
本物の土属性魔法は何もない空中とか、出現場所をある程度コントロールできるので、あくまでも属性魔法(偽)だ。
「クソッ、ルーはもう属性魔法を使えたのかい。……でもね、まだだ、まだなんだよ。こんな事で勝った気にならないでくれよ。……ウオォォオオ!!!」
その宣言通り、兄さんは膨大な魔力を圧縮し、土の槍を意味不明な筋力で押しつぶした。
これだ、これが兄さんの切り札の一つ【身体強化】の圧縮。
圧縮により数段階も強化された肉体は、素の実力では大きく離れている父さんのそれを上回る。
「めちゃくちゃだ……」
「こんなので驚いてもらっちゃ困るよ。特殊技能【狂戦士】!!」
さらに強化系の切り札をまた一つ。
【狂戦士】は身体能力の絶大な強化と同時に耐久力が上がるが、反動も大きい、角魔族族専用の技だ。
自分の制御できる限界以上に肉体を強化するため、どうしてもその反動が発生し動くたびにダメージが蓄積していく。
魔力消費も大きいので、本来なら短期決戦のための技だったりする。
まあ、それを補ってあまりある瞬間戦闘力を生み出すので、一対一なら基本的に負けることはないんだけどね。
まあ、基本的には、だけどね。
「出てこい。アルファ・ベータ・ガンマ」
「……ッ!!!」
俺のウエストバッグから飛び出してきた三つの球体が、【念力】を帯びて宙を舞う。
これが奥の手その二、魔法銀に複雑な魔法陣を刻み込んだ金属の球体たちだ。
このミスリルボールに刻み込まれた魔法陣は主に、アルファが収束、ベータが拡散、ガンマが吸収だけだ。
何の収束かとか、何が拡散するのかとか、そんな情報は一切刻み込まれていない。
だから起動してもそれ単体では意味を成さないし、魔法が発動しない。
ではこれをどうするのか。
その答えはこれだ。