聞きたくない知らせ
馴染みのある玄関のドアを開け、部屋の明かりをつける。家が近いとはいえ、彼を自宅まで連れてくるのはひと苦労した。なにしろただでさえその風貌から目立つのに、見るもの聞くものにいちいち驚く。私は彼がいわゆるタイムトラベラーで、遠い昔の人間だという認識を甘んじて受け入れることにした。
風呂の入り方を説明して、無理やり風呂場にサリューを押し込む。
「ちゃんと綺麗に洗ってからあがってね」
「わかったよ。ありがとう」
シャワーの水が床で跳ねる音が聞こえてくる。
何か食べさせてやろうと思い、使い古した冷蔵庫を開けると卵がいくつか残っていた。卵焼きとおにぎりでいいや。
炊きたての白米は熱すぎるので少し冷ましたものを握る。私はどうにもおにぎりを三角形に握るのが苦手で、気づくといつもいびつな形のおにぎりが出来上がっている。卵を溶いて、フライパンに流し込む。じゅーっという音がなって、赤みがかった黄色のたまごがフライパンの上で弾け、香ばしい香りが鼻先を刺激する。薄く伸びたたまごを折りたたみ、そろそろかなと、フライパンから玉子焼きを上げる。するとちょうどサリューが風呂から上がってきて、甘いシャンプーの香りが台所まで漂ってきた。
「エツ子、お風呂ってこんなに気持ちがいいんだね。いやあ、すごくさっぱりしたよ。なんだかすごくいい香りがするけどこれはなんだい?」
「ああご飯よ。玉子焼きとおにぎり」
お風呂から上がったサリューは少しだけハンサムになったように見えた。清潔感はやはり大切で、風呂に入る前の彼とは別人である。コンビニで買ってきた男性用の下着を、その上からスウェットをサリューに着させる。机に卵焼きとおにぎりを並べていると、サリューが匂いにつられて近寄ってきた。
「ちゃんと座って食べてね」
お箸はつかえないだろうと思い、フォークを手渡す。
「すごくいい匂い。食べ物までもらって、ありがとう。いただきます」
彼は嬉しそうに玉子焼きにフォークをぶすっとつき刺し口に運んだ。小さな子供のようにはむっと玉子焼きをフォークから抜き、口を動かす。口の中の玉子焼きが彼の胃に落ちたところでサリューが一言。
「美味しい。すごく美味しいよ。こんな美味しいもの食べたことない」
屈託のない笑顔で私を見ている。たかが玉子焼きでこんなに喜ばれるなんて。私は少し嬉しくなって思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう」
お茶をいれようと台所に向かう際に電話が鳴った。誰だろうかこんな時間に。電話に出ると良く知った声。父である。どうにも焦った様子で、ただ事でないことはすぐにわかった。
「母さんが危篤だ」
父は確かにそういった。