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涙の想像  作者: れもねーど
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原始からの来訪者


 喉の奥の方が熱くなる。アルコール度数三十度の電気ブランが食道を通り私のお腹に落ちていく。カウンター席の奥にはお酒がズラリ。当然私一人のためのものではない。店内は柔らかい照明が行き渡り、ほのかに明るい。会社帰りに私はしばしばお酒を飲みにこの店に来る。京都河原町の喧騒からは少し離れた鴨川沿いの先斗町に位置するこの店はちょうど帰り道にあるし、何より電気ブランが飲める。会社で溜め込んだストレスを発散するのには絶好の場所であるのだ。



女というだけで会社での立ち位置は良くない。私の上司は典型的な男尊女卑で、何とも息苦しいOL生活を送っているというわけである。いっそ石油王にでもなって、あんな会社辞めてやりたい。いつもなら美味しくお酒を堪能して会社での嫌な出来事を脳内で真っ黒に塗り潰して、ふわっふわの状態で気持ち良く帰るのだが今日は違う。隣に座っている中年男がやかましい。狂ったスピーカーのようにべらべらとわけのわからん話を店主にしている。



「だからさ、創造主も大変なわけよ。きみにわかるかい?ちょっと昼寝してただけでまるっきり様子が変わっているの。こっちもね、四六時中様子を見ているわけにはいかないのよ。恐竜が絶滅しちゃったのもね、仕方ないのよ。みんな私を責める。知らないよ。寝てる間に隕石が降ってきたのだもの」



トチ狂った酔っ払いに絡まれた店主も大変だなあと思いつつ、コップに残る黄金色の液体をごくりと飲みほす。顔が少しだけ熱くなり気持ちがふわふわしてきた。頃合いである。席を立ち、ささっと会計を済ませ店を出る。私はお酒が強い方ではなく、比較的すぐに顔が赤くなる。それゆえ学生時代の私のあだ名は「たこちゃん」。今も道行く人々には私がたこに見えているかもしれない、なんて考える。しかし珍しくも今宵の先斗町に於ける人通りはすっかり少なくなっていて、冷たい風が私の頬をなでるだけである。

 

 てくてくと歩いていると、細い道に少しくぼんだ部分があるのだが、そこに明らかにおかしな風貌の髪の長い男。裸体に薄い布を一枚羽織っているだけ。まさに原始人の如し。この真冬にその格好で外を出歩くのは自殺行為であり、正気の沙汰とは思えないので私は無視することにした。なに食わぬ顔で男の横を通り過ぎようとすると、男は私をじっと見ながら何か言ってる、が、わからない。何語だよ。しまった絡まれた。やはり私のような大和撫子の申し子ともいうべき黒髪ショートボブでお顔もべりべりきゅーとな乙女は狙われがちなのだな、よし逃げよう。と思ったら肩をがっしり掴まれた。そのひどく薄着をした男にではない。先程店にいた中年男にだ。



「きみきみ、待ちたまえ。私は創造主である。この男の話を聞きなさい」



今まで生きてきてこんな恐ろしいことがあっただろうか。飲み干した水筒の底から虫の死体が出てきたときよりも、今まで毎日欠かさずやってきた美容マッサージの効果が科学的に全くないと知ったときよりも、初めて出来た彼氏が実はゲイだったときよりもずっとずっと恐ろしい状況である。



「言葉がわからないのだな。私に任せなさい。ほれ」



中年男はそう言いいながら、ひどく薄着をした男に触れる。するとさっきまで何を言っているのかさっぱりわからなかった男が私に理解出来る言語、すなわち現代の日本語で話し出した。



「どうもありがとう。言葉が通じなくて困っていたんだ。僕はいつも通り寝床で眠りについたはずなんだ。だけど目が覚めたらここにいたんだよ。ここはどこなんだい?どうにも僕の集落とは様子が違うし、言葉も通じないしで」



「あのお、私は失礼しますね」



なんだなんだこのおかしな人たちは。劇団の人か。酔っ払ったおバカさんたちか。いずれにせよ私は帰る。なんだか悪い人ではなさそうだけど面倒ごとはごめん。こんな珍事に巻き込まれてたまるか。



「これこれ貴君、待ちたまえ。話は簡単だ。この男の面倒を見てやってくれ。彼は遠い昔の人間でな。この時代に私がよんだ。話は以上。ではさらば」



中年男はそう言うと、風船のようにふわふわと空に浮かび上がっていき、少しずつ小さくなっていって、やがて夜空に消えた。これほどすっとんきょうな出来事は、私の人生を何百回と念入りに振り返っても見つからないことだろう。さて困った。そのひどく薄着をした男は不安そうな目で私を見ている。



「私はエツ子。あなた名前は?」



「僕はサリュー。いきなり申し訳ない。困るよね。他の集落の知らない男にいきなり声をかけられても。さっきの男性はどこに行ってしまったんだろうか」



サリューは意外にも優しい声をしていた。その優しい声は落ち着いた口調と相まって、彼が理知的な人間であることをうかがわせる。服装以外は極めて普通。いや普通以上の好青年であるようにさえ思えた。さっきの中年男の姿は見る影もなく、私とサリューだけがぽつんと夜の先斗町に取り残された。私がうーんとうなっていると地響きのような音が。サリューのお腹からだ。加えて、当然であるが先ほどからサリューは寒さからであろう、ガタガタと震えている。



「わかった。とりあえずうちにいらっしゃい。そしてお風呂に入りなさい。服も貸してあげる。そしてご飯を食べましょう」



私が仕方ないなとばかりに肩をすくめながらそう言うと、サリューは慎ましげな笑顔で私に礼を言った。


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