”チラシお断り”ってシールがあっても容赦なく投函しろ
「嘘……でしょ」
嘘な訳がない。正直バカな話である。
「いやいや、逃げないわけないだろ。誰がお前らなんかについていくんだよ。怪しすぎるだろ」
あんな勧誘の仕方で加入してくれる者がいたならば、この国の携帯会社は爆売れ間違いなしである。もっとも、世界基準で言えばこの日本という国の携帯料金は異様に高いらしいが、それでも独占してるのが現状だ。
そんなことはどうでもよくて、要は彼女――コトネは人心掌握術をまったく心得ていないということだ。
「怪しいって……私の能力は見たでしょ? 体感したでしょ? 他に何を見せればいいわけ?」
『あ、エッチなのはダメだよ』と言わんばかりに手で体を隠す。リュウはその仕草を見るだけでかなりイラッとしていた。
確かに、非日常は見た。経験した。摩訶不思議な鍵ももらった。そんな彼にとって非日常が日常であるような連中と知り合った。勧誘もされた。
ぶっちゃけて言えば、ロマンがないと言えば嘘になる。
リュウもごく普通に夢見る健全な男子であるからして、彼女らのような生活に憧れるのも確かだ。
だが、それを実現できるとなると話は別になる。
当然だが、今までの人生は捨てることになる。
彼は一般人だが、一般人なりにやりたいことを見つけ、それを仕事にするために進学したのだ。
友人だっている。家族もいたかもしれない。
「――――アナタの未来を見ましょうか」
ふと、声をかけられた。
いつの間にか、リュウの半分ほどの身長の少女が立っていた。
それは、ぱっつん前髪の少女。真っ白いその髪はまるで聖女のようだった。――というより幼女なのだが。
だが、幼女というにはあまりにも大人びている。否、彼女は現在を見ていない。その目は未来を見、その口は未来を伝える。現在にいるのは体だけだ。
そのせいか、彼女は常に虚空を見つめ、まるで目に生気が感じられず、まるで人形のようだった。
「未来……?」
「私はティケ。――ティケ・E・フォーチュンです。このまま私達と共にくることを断った場合の未来をお
教えしましょう」
淡々と語られる言葉も、やはり彼女をただの幼女と呼ぶにはふさわしくないだろう。もっとも、幼女幼女と言っても見た目だけの判断なので、万が一にも彼女は成人しているという可能性もないわけではないが。
「そう……。可哀想に。――――アナタはこのまま行けば、数年後には死んでいるでしょう。しゅう、かつ? というものに失敗し、にー、と? になるのです。そのまま堕落を生き、家族にも見限られ、――――ああ、これは元からですか」
――――カチン。
彼の頭のなかで音が響いた。
何かがブツリと切れる感覚。気がついたらティケの胸ぐらを掴んでいた。
「……なんでもお見通し、ということです。ハッキリ言いましょう、アナタの人生は無駄になると。私達についてくるのが最善です」
「――――それに、激情しているようですが。それは怒りの対象が違いますね。私ではなく、親に向けたもの。つまり八つ当たりです」
「ちょ、ちょっとティケ……そこまでしなくても」
今にも殴りかかりそうなリュウを尻目に、ティケはコトネを手で制す。彼女は分かっている、いや――知っている。彼が殴れないことを。
「アナタ…………親を憎んでいますね。私は未来しか見えませんが、アナタの生きてきた道を推測することはできます。これは――――私でも辛い。そこから抜け出したくはないですか」
未来でのリュウを見て、過去も同じような仕打ちを受けてきたのだろうと推測する。
それはとても筆舌に尽くしがたい、異常なもの。それはまるで人形だった。――彼は人間の扱いを受けていなかった。
「逃げたら……終わりだろ。それじゃ意味がない。俺は――――この手で、殺してでも、親を見返す。手段は問わない。必ず見返してやる……それだけのために今生きてんだ。だから――――邪魔をするなよ」
それは、明確な殺意だった。
邪魔をするならば、この場で殺す。可能かどうかは別として、彼の目はそれが真であると語っていた。
「なるほどねェ。お前ェの時折見せるその目……そういうことだったか」
次に口を挟んできたのはブリットだった。次から次へと……と、心から嫌そうな目をぶつけると、さらに言葉を続けてきた。
「そりゃいけねェよ。いけねェッてのは、――――殺しのことじゃあねェ。オレがいたとこンじゃそンなの日常茶飯事さね。だがなァ、その目はいけねェ。その目はな、…………犬の目だよ。家を失い、路頭に迷い、野生化した猛犬だ。それは近づく人間に狂犬病を振りまいて、最後には一人で勝手におっ死ぬのさ」
ティケの胸ぐらを掴んでいるリュウの腕をさらに掴み、その握力をもって拘束を解かせた。それと同時に腕を振り回し、一回転させて壁に思い切り叩きつけた。
アウトロー版の壁ドンである。
「お前ェが勝手に死ぬのは構わねェよ? だが、死に方にも華ってモンがあンだろうよ。手段は問わねェンだろ、だったら、いっそ派手に死のうや。なァベイビー」
確かに、理由こそ最悪だが、見返す手段を問わず、方法もなんでもいいのであれば、彼女らについていくのは合理的だ。なにせ、この国、世界にはないモノを経験できる。それを吸収すれば何者にも負けない強みを得られるかもしれない。
「――――それに、その鍵があればいつでも来れるってことは、いつでも帰れるってことよ。だから、そんなに根を詰めないでもいいのよ。気軽に来れるような場所をめざそうっていうのは、創立メンバーの総意だったみたいだし」
……それにしては拉致まがいなことをしたり、無理矢理な勧誘があったりと、言動がチグハグな感じは
するが……。
「なにはともあれ、私達はアナタを歓迎しますよ。動機が何であろうと。――――味方である限りは」
「あれ、なにか不穏な言葉が聞こえた気がする」
実際彼女らの誘いは魅力的だった。今の生活を崩さないでいられるならば、いいかもしれない。リュウはそう思い始めていた。
「やっぱり強引なのは否めないが……。まあ、いいか。俺の野望のために、利用させてもらうよ」
決意はできた。以後彼は『必要悪の学び舎』の一員となり、コトネらと一緒に行動することになる。
「ハッ、ほンの少しだけいい目になったじゃねェか。これで四肢をもいで連れて行く手間が省けたってわけだ」
「………………。今なんて?」
これはほんの序章。その始まりに過ぎない。
これから始まる、未知の世界への。
ときに笑い、ときに泣く彼らの物語だ。
これはその、ほんの1人の、主人公の話。
さて、今日はここまでにしよう。そろそろ夜もいいところだからね。
また、気が向いたら書いていくとしよう。筆がノリそうなときにね。』
――――小説風に模した紙にある文章はここで途切れている。
諸事情で毎日更新はできなくなりそうです。