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”ホールでは携帯電話の電源をお切りください” とは言うけど、普通に電波入らないよね

 ガラケーからアンテナを引き抜くなど通常ではありえない動作だが、これを何に使うのか、その仕草からなんとなく察しはついた。



 それはまるで指揮者のようで、もうじき演奏が始まるかのようだった。



「何ができる……。考えろ、あれが指揮棒だったとして、それは攻撃手段になる得るか……?!」



 考える暇もなく、彼女は指揮棒を上げ、――――音楽を奏で始めた。

貧相な考えしか持ち合わせない彼には指揮者がいるような音楽など合唱かオーケストラのどちらかしか思い付かない。

だが、そのどれでもない。それどころか、音など何もなく、ただただ棒を振るうだけである。




 それなのに、彼女は高らかに棒を掲げ、誇らしげに指揮を執っている。そこに強弱や感情が篭っていることは感じ取れた。そして、――――なんとなくの予想もついた。



 どのような音楽なのかは分からないが、そのアップダウンは感じ取れる。つまり、後手にはなるものの、展開は分かるのだ。

そして、彼女らの目的はおそらく、捕縛である。


 さきほどの目付きの悪い方もそうだった。スタンロッドをつかって気絶させるのが目的だった。

もっとも、彼女は殺すなどと物騒なことは言っていたが……。




 つまり――――、どんなものであれ、行動を縛るもの、もしくは気絶させるに足る攻撃力を持った、何かが来る、と思われる。



「そして攻撃が来るならば、――――今だ!」


「そう、正解! 音楽に対する理解もあるのね。でも予想できても、避けられるとは限らないわ。――――――――”強く(フォルテ)”!」


 彼女が指揮棒を彼に向けて振るう。その刹那、白い閃光が走った。否、閃光の如く、衝撃波が飛んでいった。



 どうしてこの現代にそんな芸当ができるのか、などと考えている余裕はなかった。



 全身を使い跳び込み、ギリギリで避けることができた。来ると予想できればこんなものだ。これではドッジボールをやっているのと変わらなかった。



 そのまま直進していった衝撃波はシャッターに行き場を阻まれ霧散した。シャッターは激しく揺れるが、穴が開くどころか凹んですらもいなかった。

この分では頭か胸にでも当たらなければ気絶することもないだろう。



 いける、と少し思ったが、近づく手段がない。しかし、重りの入ったバッグを盾にすれば接近できるかもしれない。そう思案し、今では少し離れたところに捨ててあるバッグを横目に見る。


 だがそれは相手も承知。そうはさせまいと、さらに指揮を執る。



「無駄に運動神経がいいなぁ、これじゃめんどくさいぞ。仕方がないか、少し意地悪になるよ……、――――”だんだん強く(クレッシェンド)”! そして、――――”だんだん速く(アッチェレランド)”!」



「ヒエッ、やっぱりそうくるよな……。クソっ!」



 これまでの音楽用語は中学生で習ってきたものだったので、名前だけでどういう効果なのか分かる、のだが、知らない単語を持ち出されれば不意をつかれてしまうだろう。

そこがネックだったし、何より心配なのが――――。



「まだまだ――――”とても強く(フォルティッシモ)”!」



「やっぱり来たか――――!」



 初期の初期、基礎の基礎で習う単語の筆頭であるところの『f(フォルテ)』、『p(ピアノ)』。これらにはその一段階下と、上がある。彼女の使った”強く(フォルテ)”が衝撃波を飛ばす技だったのなら、その上はさらに強力な衝撃波だろう。


さらに”だんだん強く(クレッシェンド)”、”だんだん速く(アッチェレランド)”のバフがかかり、もはや回避不能な域まで達していた。



「グぶッッッ!」



 咄嗟に腕で防御したものの、その攻撃をモロに食らってしまった。

脳が揺さぶられ、衝撃で吹き飛び壁に叩きつけられる。

内臓全てで悲鳴を上げ、嘔吐しそうになるところを必死に耐えた。



 だが、お陰でバッグの手前まで来れた。ここからは直線で、走りながらバッグを拾い、それを盾に突進するしかない。

覆いかぶさり倒れ込み、肺の空気を一気に抜いてしまえば失神する可能性もある。もはやこれしか手段はなかった。



「ちくしょう……! う……、あ、ああああああああああああぁぁああぁぁぁああぁぁぁ!!」


 雄叫びを上げる。全身を奮い立たせ、自らを鼓舞する。

弾頭はまだそれほど速くない。その距離20メートル。バッグを拾い上げる余裕はあった。




「決死の特攻ってやつね。いいわ、受けてあげる。――――”とても強く(フォルティッシモ)”!」




 二度目のバフ。攻撃すればするほど強くなる晩生の一撃。数が少ないとはいえ、その威力の加重は並大抵のものではない。



「ああぁあああぁぁぁ!! ――――ツッッ、クソっがぁあああぁあ!!」



 盾が吹き飛ばされる。しかしそれをクッションに使い、わざと手から離すことで自分に衝撃が来ないことを計算してのことだ。



 つまり、一度切り。次の攻撃で当たれば必殺は免れない。



 それでもなお、彼は走り続ける。その速度は俊足というにはあまりにも遅い。だが、攻撃の間隔を予想すれば、手が届くまでに来る攻撃はあと一撃のみだった。



 それさえどうにかできれば、勝てる見込みがある。しかし――――。



「あははっ! 楽しいわ、あなた! でも、これで終わり、――――”最大限に強く(フォルティッシッシモ)”!!」




 およそ彼女の最大の攻撃が迫ってきた。



 段階が上がれば倍ほどにも大きく見えた衝撃は、今や最初の3倍である。



 だが、彼女の目的は捕縛、次いで意識を奪うことだ。つまり、狙いは一撃で決まる、頭か胸。



 つまり、下に隙間ができる――――。



「うおおおおぉぉぉぉぁあぁああぁあ!」





 それは――――スライディングだった。




 彼は野球やサッカーの経験はない。まあここでヘッドスライディングをしなかったのは賢いといえるだろう。

スライディングという手段を取ったのが賢いかどうかは置いておいて。


 建物の床が大理石だったのが幸いし、速度をあまり落とさず、かつ放たれた決死の攻撃も回避できた。



「ば、バカなっ……?!」



 これはさすがに予想外だったのか、露骨にびっくりする声が聞こえた。



 そのときにはもう遅い。スライディングから足を曲げ、まるでカエルの如き見事なジャンプを決める。

手をクロスさせ、肺の圧迫を優先する。

これで押し倒せれば決まる、倒せる――――!




「ふぅん。本当にすごいわ、あなた。でも……残念。――――”重々しく(グラーヴェ)”ッ!!」




 地面を叩きつけるほどの勢いで、指揮棒が振り下ろされる。

瞬間、宙に浮かんでいた体が、地に落ちた。

落ちたどころではない。強制的に、――――叩き落された。




「グッ――――ハァッ?!」




 一瞬なにが起きたか分からなかった。

あと少しだった。あと10センチメートルほどだったのに。




 彼は逆に肺を圧迫され、意識を失った……。だが――――――――。




「あー、びっくりした。努力賞、なんてもんじゃない、表彰もんねこれ。素人とは思えない……。まあいいか、ブリットを起こして、そして……、えっ――――――――ッ?!」


 ――――突如体が動き出す、腕の力だけで立ち上がる。いや、――――跳ね上がる。




その勢いで、肘を顔に向けて振るう。瞬時に足を正し、踏ん張る。腰から順に回転させ、遠心力を最大に利用する。



 当たれば卒倒間違いなし、これで決まり――――のはずだった。




「ああ、もう、なんなのよコイツ! バカにされるだろうけど、仕方ない……! 行くわよ――――”D.C.(ダ・カーポ)”」











 ――――刹那、全てがなかったことになった。

ダ・カーポとはすなわち、『頭から』を意味するものである。

彼女がそれを唱えた瞬間、時を戻し、もう一度同じことを繰り返す。









「……は?」




「まァ、そういうこったな。お前の負けだよ、クソガキ」




 立っていたのは2人。


 1人はひどく目付きの悪い女。

 1人はすごく快活そうな女。


 そして倒れたのが1人。

 ネコミミヘッドホン程度でここまで痛めつけられてしまう、不幸な少年。



 次第に胸に痛みが走り、次いで電流により体が痙攣し始めた。



「テーザー銃……か」


「ご名答。気持ち悪ィほど色々知ってンだな。ま、いいさね。目覚めたときににゃァユートピアでイエス様が待ってるだろうよ」


「クッ…………そ……」


「いや死ぬみたいだけど気絶するだけだからね。物騒なこと言わないで、あと意味不明」


「うるせェな。細けェこたァいいンだよ。だいたいテメェがなァ……――――――――」



 そして意識が途切れ、少年は連れ去られた。



 以上が、物語の始まり。

主人公が主人公になるための、前試験の様子だった。


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